くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「唇を閉ざせ」「第三の男」

唇を閉ざせ

「唇を閉ざせ」
フランスセザール賞を受賞したサスペンスミステリーである。
いきなり夜のキャンプ場、楽しそうに歓談する主人公アレックスとその妻マルゴ、そして友人たち。
アレックスとマルゴは車で夜の湖に出かける。そこで二人は全裸で泳ぎながらふざけていたのだが、先にあがったマルゴの悲鳴を聞いてアレックスは後をおうために湖からあがろうとすると何者かに殴られそのまま湖に落ちる。

それから8年後、アレックスにある日一通のメールが届く。その動画には死んだはずのマルゴの姿が、そして翌日届いたメールにはマルゴとの会う場所を示した内容が。
はたして、今頃になってなにが起こったのか。ミステリアスに展開する物語がどんどんエスカレートし、真相に近づいていく。

しかし、アレックスを追う謎のグループと警察、さらに真相のキーマンとなる財団の代表の存在がちらほらと登場させるには今一つインパクトが弱いためにストーリーの中でスパイスにならないのがちょっと物足りないし、サスペンスフルな話に抑揚がつかなかったのが本当にもったいない。

さらにマルゴの父親で元警官という設定がなにやら不気味にストーリーに深みを増し、さらにマルゴが殺されたときの死体確認の時、なぜか顔が判別がつかないほどだったのにマルゴと認識したという伏線からしだいに真相に近づいていくアレックスも今一つその行動が際だたない。

さらにアレックスを助けるちょっと危ない感じの黒人の青年も彼を助ける理由がかつて子供の病気を見つけてくれたという理由もちょっと弱いようにも見える。

非常におもしろいストーリーだし、真相にたどり着くまでのはらはらドキドキも、あっと驚くエンディングもよくできた話なのにちょっといろいろ詰め込みすぎたような気がします。その結果ちょっと映画が長尺になってしまったようですね。原作があるので基本的なストーリーは変わってないと思いますが、映画とするための脚本化がちょっと不十分だったのかもしれません。

もうすこし枝葉を整理してハイスピードな展開を試みれば一級品になったように思います。でも十分に楽しめる一品でした。

「第三の男」
30年ぶりくらいでしょうか、スクリーンで見直したのは。そして、あらためてこのレベルの映画がそう易々とできるものではないとうなってしまいました。映画が完成して百数十年、これまでのベストテンを選ぼうとしたときに必ず入ってくる一本、芸術的な傑作と呼べる作品として燦然と輝きますね。

なんといっても目を引くのが見事なカットとカットの編集、そしてストーリーと音楽を見事にマッチングさせて映像のリズムとして一つの作品として完成させている。斜めの構図で自由奔放に登場人物をとらえ、細かいカットから一気にカメラを引いて部屋の中を見せる。ジャンプカットのように思わせるようなシーン展開の見事さ、さりげなく写すコートや崩れたウィーンの町並み、会話が論点の中心に近づくとアップ、クローズアップと迫っていくモンタージュの見事さ。映画理論の基本を実践で証明していくともいえるシーンの数々に舌を巻いてしまいます。

さらに、この映画の有名なのは影の演出です。
ハリーがホリーの前に現れるシーンで、まずアンナの部屋で猫と遊ぼうとしているホリー、しかし猫は彼を無視して外へ、アンナが「その猫はハリーにしかなつかない」と語る。シーンが変わると街角の影に猫がやってきて、一人の男の足下にじゃれる。ホリーが町にでる。暗闇に人影を見つけて警官と勘違いし、「いい加減に自分をつけるのはやめろ」と叫ぶ、声がうるさいと近所のおばさんが窓を開ける。さっと光りがさしてハリーが浮かび上がる。そしてニヤリと笑ったかと思うと、走り去る。あわててホリーが後を追う。ハリーの逃げる影だけが壁に映し出される。もう背筋が寒くなるショットです。

さらに、これも名シーンですが、観覧車で待ち合わせるホリーとハリーのシーン。巨大に見える観覧車をしたから見上げるショットからシーンが始まり、二人が乗り込む場面、そして、観覧車の中で息詰まるような会話の応酬がなされるスリリングなシーンもすばらしい。

そして、クライマックス、ハリーを待ち伏せする警官、そこへ意味もなく風船を売るじいさんがやってくる。カメラが変わると廃墟の上にハリーが現れる。
待ち伏せするホリーのところはアンナがやってきて罵声をあびせる。そこへ背後からさっとハリーが入ってくる。逃げて!というあんなの声に飛び出すハリー。そして、メイシーンである下水道のシーンへ続きます。

下水道の中を警官が走る。迷路のような中を影と靴の音と光が交錯しながら奥行きのある構図で逃げるハリーと追う警官たちの姿がハイスピードで展開する。今更いうまでもないですが名場面の一つですね。

そして、追いつめられ撃たれたハリーは必死で下水道の外へ逃げようとする。出口のふたの格子に指を入れてまるでもがくように動かしてやがて力つきる。追いついたホリーにうなずくような仕草をする。カットが変わって銃声。ゾクゾクしてしまうシーンです。

後はご存じ映画史に残るアリダ・ヴァリとジョセフ・コットンすれちがいのシーンへ続きます。

こうして書いてみると全編、名場面ばかりであることに気がつく。それほど無駄がないし、ある意味テクニカルに計算されたショットやシーンが積み重ねられているのである。

20年来の友人を裏切って助けようとしたのは友人の恋人アンナなのだが、実はホリー本人もアンナを愛し始めている。ライバルであるハリーを退けようとしているような行動をしている自分に悩むホリーと、最後の最後で友情が交錯するショットはすばらしいですね。

監督のキャロル・リードの才能はもちろんであるが、いくら才能があってもやはり自分なりに一番成功した作品という物がある。そんな一本がこの「第三の男」だといえるのではないでしょうか。やはり、傑作とはこういう映画をいうのでしょうね。