「高海抜の恋」
アジアン映画祭、ジョニー・トー作品を見てきました。もう泣いてしまいました。
去年「単身男女」を見たときも思ったのですが、ジョニー・トーという人の映像リズムのセンスの良さは抜群ですね。しかも音楽センスも実にしゃれている。しかも、さりげなく挿入される伏線が物語の中でじわっと効いてくる。
今回もいつの間にか物語の展開のリズムに引き込まれてしまうと同時に、どこか心に残るメロディが抜群のタイミングでストーリーを盛り上げてくれています。
そして、サウの行方不明の夫ティエンのリュックが見つかるもその年は捜査を打ち切り来年へと引き延ばしたためにその年なら助かっていたのにという伏線となって翌年、出口の500メートルのところで凍死して見つかるあたりのたたみかけに思わず涙があふれてしまいました。
大スターマイケルが映画賞の受賞で華やかな舞台に立っているショットから物語がが幕を開ける。そしてその受賞の席で恋人のティンティンにプロポーズ。そのままゴールインかと思われたら結婚式でティンティンの恋人が現れ、マイケルは捨てられてしまう。そのまま酒浸りになり行方をくらますマイケルはたまたまサウのトラックに転がり込んでそのままサウの経営する海抜3800メートルのシャングリラにる旅館へ。そこでコミカルなやりとりの後、物語は本編へなだれ込んでいきます。
ジョニー・トーの最大の魅力は臆面もなく観客を楽しませてくれること。妙なメッセージや下手にリアリティ胃を求めたり映画賞への野心などみじんもなくその場その場の作品を極上の娯楽に仕上げていく手腕です。
サウには樹海へ迷い込んで行方不明になった愛する夫ティエンがいて、未だにその面影を忘れられない。マイケルが酒におぼれてティエンの思い出のトラックや三輪、ピアノなどを壊しても必死で元通りにしょうとする。そのひたむきさに次第に引かれていくマイケル。二人の話に流れていこうとしたときに、ティエンとサウのなれそめが何ともしゃれたラブコメのように語られるシーンもまた楽しい。
しかし、思い出を吹っ切るべくマイケルがサウにアタック。やがて映画界に復帰する決意をしたマイケルはサウとの人生を真剣に考えていく。サウがマイケルのデビュー当時からのファンデファンクラブ会員033番というような気の利いた設定も実に微に入り細にいった脚本である。
そして、香港のホテルでまつサウの元にティエンの死体が発見されたという知らせが届く。これでもかと泣かせ、胸を暑くする展開にどうしようもなく涙があふれる。
ティエンの面影を思い出したサウはマイケルの元を去るが、マイケルはティエンとサウのラブストーリーを「高海抜の恋」という映画にする決意をし、完成させる。その作品を劇場で見るサウはマイケルの熱い思いに再びシャングリラの旅館へやってくる。かつてのスタッフが迎える中、トラックに乗ったマイケルがやってくる。
「会員番号033番、会費が長期未納になっていますが継続されますか?」と声をかけられおもわずうなずくサウ。そして二人は・・・・
いったい、どれだけ泣かせれば気が済むのかと思うほどの二転三転するラブストーリーにもう脱帽です。何で泣いてしまうの?そんな自分に気がついても、また泣いている。今思い出しても胸が熱くなっている。これがジョニー・トーの映画の魅力ですね。
物語の構成がどうとか、映像がどうとかそんな屁理屈で分析する映画ではありません。一つ一つのカメラのショットが、ほんのさりげないカメラの動きが、そして登場人物たちがみせるささいな仕草、そして散りばめられた伏線の数々と映像のお遊び、思わず吹き出す笑いの数々にこの映画の本当のすばらしさが満ちあふれているのです。
なぜ、こんな映画が一般公開されないの?もっと輸入してこないの?と声を大にしてしまいたくなります。
蛇足ですがこの映画の原題は「高海抜の恋Ⅱ」です。ではⅠは?となりますが、それはこの映画の劇中で上映されるマイケルが作った映画が「高海抜の恋Ⅰ」なのです。ジョニー・トーの遊び心ににんまりしてしまいますね。
「青い青い海」
今回のボリス・バルネット監督特集の最後の一本を見てきました。
題名で青が使われているがモノクロ映画である。しかし、海の表情をとらえるカメラが実に美しい。荒れ狂う姿、夕日にきらきらと光る姿、静かにたたずむ姿、波の動き、カモメとのシルエット、船と海の配置の美しさなど映像詩のようなシーンが散りばめられていてそれだけでも見ご他のある作品でした。
物語は単純で、カスピ海で嵐にあった二人の漁師ユスフとアリューシャが助けられて着いた漁村で一人の女性マーシャと出会いお互いに惚れてしまって三角関係になるというラブストーリーであるが、時にコミカルなシーンやミュージカルのような歌も流れる。しかも周りの人々との話が支離滅裂でサイレント映画のようなテロップが挿入されたり、ドキュメント映画のような画面が入ったりと一貫性のない作品である。
結局、このマーシャには婚約者がいてユスフたちはまた帰っていくという物語である。
たわいのない映画だが、とにかく海の映像が美しくて、この当時のカメラ技術でこれほどの見事な映像が撮れていることは驚くほかありません。
波の動きや寄せては返す波形の美しさ、さざ波のような水面、それらを背景に語られる物語などあまりにも詩的なのでこれは物語と言うより詩的映画と呼ぶべきなのかもしれません。
何のことはない一本ですが、今回見た作品を通して振り返ると、やはりこのボリス・バルネットという人は芸術的な才能がある人なのだろうと思いました。