くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」

マーガレット・サッチャー

メリル・ストリープという女優さんはあまり好みではない。とはいえ、その演技力は認めざるを得ない。今回の作品ではまるで彼女がマーガレット・サッチャーなのではないかと思うほどのまさに迫真の演技であった。当然アカデミー賞を受賞している。

映画はとっても良かった。
一人の実在の人物を真正面からとらえながら、淡々とその政治手腕を発揮する姿や時折見せる家族とのわずかの接点での表情にさりげない人間ドラマを描いていく展開が本当に心地よいほどに引き込まれます。

冷酷なまでに厳しい決断を続け、衰退しつつあったイギリス国家を持ち直し、現代の安定に導いた功績は事実であり、今なおユーロ圏に属さずに孤高の安定国として存在するのは彼女の冷徹な政治運営によることが大きいと思います。そのあたり、実にこの映画はしっかりと描いていると思います。それは名優メリル・ストリープの才能によるところも大きいかもしれません。

今や政界を引退し老年となった主人公マーガレット・サッチャーが朝食を準備している。向かいには最愛の夫デニスの姿がある。しかし、ふっと画面が変わるとデニスの姿はない。すでに夫はガンでこの世を去り、今は彼女一人なのだ。しかし、時に幻覚のように彼女の前にデニスが現れ彼女の相手をする。彼女もまたその幻覚に言葉をかける。

痴呆とまではいかないものの、高齢による衰えが見え隠れする彼女が過去をフラッシュバックさせながら現代との交錯する組立で物語が描かれていく。現代に戻るとデニスの幻覚が現れ、娘たちが彼女の世話をする姿が描写される。

売店の娘であった若きサッチャーが政界に進出しデニスと出会い、やがて党首となって首相になるまでは淡々と描いていく。その後の政治手腕についてもあまりこだわった演出もなされず、次々とこなしていく姿が描かれる。手際よいと思えるほどの即断によって次々と難関を潜り抜けていくのであるが、一方で彼女への厳しい政策への反感を見せる人々のシーンではわずかながら震えるようなしぐさも見せる。その些細なしぐさに見せる微妙な心の動揺をメリル・ストリープはいとも自然に、そしてかすかにか弱さも漂わせて表現する。

淡々としたドラマの合間に現代の彼女を巧みに挿入し、年老いた素顔の彼女を映し出すことで奥の深い人間ドラマに仕上げていく手腕は評価すべきところかもしれません。

やがて、政界を引退する場面にいたり現代においてもデニスの幻覚から解放され、去っていくデニスを見送ってすべてを整理、一人ティータイムを過ごしてゆっくりと奥へと歩いていくところにピアノの曲とエンドクレジットが流れる。

鉄の女と呼ばれ、冷酷すぎるとまで言われながらイギリスを立て直したマーガレット・サッチャーの姿をその家族とか子供への愛とかいうまどろこしい部分を可能な限りそぎ落とした脚本は実に潔くまとまっている。そして、過去と現代を主人公の心の回想で繰り返していく巧みな映像演出にも映画としての魅力が詰まっています。もちろん、メリル・ストリープの並外れた演技力によるところも大だと思いますが、映画としては秀作の域に達した作品だったと思いました