くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「吹けよ春風」

吹けよ春風

黒澤明が脚本に参加した一本で東京フィルムセンター所蔵の貴重フィルムだったので、今回の谷口千吉特集の目玉の一本として出かけました。

心温まるハートフルな物語ですが、時に黒澤明らしいダイナミックなシーンも取り入れられる。しかも、次々と登場する名優たちがそのせりふだけでスクリーンに釘付けにするというほどの名演技を次々と見せる。そして、すばらしいのがその最終のエピソードで見せる見事なクライマックスと、それに続くエピローグのうまさには息をのむほどでした。

物語は東京の町中を回る一台のタクシーの中で繰り広げられるエピソードの数々。主人公は黄色のタクシーに乗る運転手である。タクシーが左ハンドルというのも当時の世相を反映していておもしろいし、東京の町中を路面電車が走る風景もまた風情がある。

戦後8年くらいの東京の町並みを一台のタクシーが走るタイトルバック。バックミラーで仲むつまじいカップルをみながら物語が始まる。

自動車に乗ったことがないということで小遣いをもちよって100円分のタクシーに乗ろうとする子供たちのエピソードに始まり、日劇のスター(なんと越路吹雪)を乗せるエピソードでは外苑のまわりを三船敏郎と一緒に大声で歌うシーンまである。

三国連太郎扮する強盗を乗せる場面では、猛スピードで走り抜けて気絶させようとする運転手の機転を見せるシーンがまさに黒澤明らしいダイナミックな脚本になっている。

家出少女を乗せてしまう冒頭のシーンはその後のエピソードののちエピローグで無事だった少女が運転手に声をかけるシーンでエンディングに持っていく。
小林桂樹らが演じる酔っぱらいのエピソードでははらはらドキドキとコミカルな展開、そしてあっと笑わせる締めくくりににんまりしてしまう。

大阪からでてきた老夫婦のお話では小川虎之助扮する老人がその熱弁で画面に釘付けにする。

最後のエピソードでは刑務所帰りの父親を迎える子供たちが、最初は二人だけでてきて、8年ぶりの父の姿に戸惑い言葉が詰まる。その息苦しさに父は家を出ようとするが、脇からさらに幼い少女がでてきて「お帰り・・・」という。このシーンはもう、息をのむほどに見事な脚本である。この少女、かなり化粧をしているので「呪怨」の子供のお化けに見えなくもないが、これも古き映画のおもしろさかもしれない。

たわいのないエピソードのオムニバス的映画なのだが、全体が見事なリズムを持っていて、そのテンポで展開していく様は谷口千吉の演出と黒澤明の脚本のなせるものである。さらに名優たちのエピソードの中の手を抜かない熱演にも注目したい一本でした。これが古き良き名作と呼べる映画だと思います。