くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「本日休診」

本日休診

井伏鱒二の原作を元に渋谷実が監督をした傑作群像劇である。原作があるとはいえ、次から次と間髪を入れずに展開する事件、また事件。渋谷実お得意のスラップスティックなコミカルな演出と、ユーモア満点のせりふの応酬は職人芸というよりも天才的なムードが漂います。こんな名作今まで見逃していたのが信じられないほどの一品に出会いました。

戦後まもなく開業した三雲医院。一年目の記念日の本日、久しぶりに休みにすることになり、本日休診の看板を出すところから映画が始まる。甥で院長の伍助と看護婦は出かけ、一人の残った八春先生。しかし、のんびりしようとした矢先次々と事件が起こる。三国連太郎扮する勇作は戦争の為にいまでも戦地にいるつもりで、いわば精神的な障害をもち、突然、走り出しては意味もなく命令したり号令をかける。周囲の人々もそんな彼に適当にあわせている。このほのぼのしてコミカルなシーンをスパイスにして様々な患者がせっかくの休みの八春先生のところへやってくる。

とにかく、一瞬の間も惜しむほどに次々と患者が現れては消えていく。そのそれぞれが、一筋縄でいかずに、終わったかと思おうとまた吹き出してくる。そんな患者たちに真摯に接する八春先生のとぼけた雰囲気がたまらないし、まわりで絡んでくる人たちの暖かい人情もたまらない。そこには、現代では想像もつかないスローな時間が流れ、ぎくしゃくした規則に縛られない自由が存在する。しかしそんな自由もそれぞれの人々が当然の礼儀と理性を持って享受している姿はなんだか忘れてしまった人としての生き方を考えさせられるものがあります。

冒頭の部分で大阪から出てきた女性悠子が男に乱暴されるエピソードが語られるが、物語が進むにつれて徐々に彼女がいやされていく様がちゃんと描かれている。やくざ風の男加吉(鶴田浩二)も最後には田舎に帰る決心をする。18年前に帝王切開で生まれた息子春三をつれてやってくる三千代。理解がある三千代ではあるが、春三の妻には悠子を受け入れられない気持ちが見え隠れし八春先生に諭されるシーンなど時代を写しているようでもある。それでも、登場する人物がそれぞれ個性的で人間味にあふれているから楽しくて仕方ない。

けがをした鳥を航空兵だと思いこんで介抱してやる勇作。快復した鳥は勇作の元を去って夕焼けの空に仲間と彼方へ飛んでいく。それを見送る勇作と、勇作の号令で集まった八春先生以下近所の人々の視線。コミカルな展開でぐんぐん押してきた後で不思議な感動を呼び起こすこのラストシーンはいったいどう表現したらいいのかと思うほど見事なエンディングでした。

本当の名作というのは写ってくる画面に自然と引き込まれいつの間にか笑い、涙ぐみ、感動して、見終わった後「ああいい映画だったなぁ」と振り返ってしまう。それぞれのシーンを思い出してもどのワンシーンにも胸を熱くするものがあり、寸分の隙も見あたらない。充実した思いで劇場を出てこれる瞬間、この作品はそんな瞬間を与えてくれました。良い映画でした。