くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ミッドナイト・イン・パリ」「サニー永遠の仲間たち」「ミ

ミッドナイト・イン・パリ

ミッドナイト・イン・パリ
これほど知的でシャレた映画を作れるのは今やウディ・アレンしかいないなと思います。私のような貧相な教養ではついていけないところもありますが、この映画本当によかった。

画面に映されるパリの町並みがまず美しい。そしてその一番美しい瞬間を一番美しい構図でとらえるカメラの見事なこと。色の調和、ビルの狭間に見える景色、雨やネオンの効果などが最高の状態の一瞬をとらえていくウディ・アレンのセンスに頭が下がります。しかも、いつものことながら音楽センスが抜群で、画面が最高の美を生み出すために実に見事な感性の音楽が挿入される。これはもう天性の才能による以外にないかもしれません。こういう知的センス満載の映像とこれでもかと登場する知的な展開が鼻につくというひともいるかもしれませんが、それでもこの芸術的といえる映像と音楽と知性のコラボレーションにはうならざるを得ないと思います。

映画が始まるとパリの景色、その時間や天候など様々な瞬間を映し出していく。そしてタイトルの後物語が始まる。このシーンだけで、パリのすばらしさに魅せられてしまいます。

フィアンセのイネズといっしょにパリにやってきた主人公ギル。ハリウッドで脚本家としては成功したが、今一つ満足できず、小説を書くことを目指している。そしてパリこそがその絶好の場所だとやってきたのである。ことあるごとにイネズの父とも意見が微妙にずれているし、やたら現実的なイネズともどこかちぐはぐ。そこへポールという教養をひけらかす男が登場し、彼と行動をともにするが何かにつけて知識をひけらかすポールにギルはうんざり。しかし、そんなポールにイネズが曳かれていく。

ある夜、ディナーの帰り、イネズはポールたちの誘いでダンスにいこうと言い出すが、ギルは気乗りしないので一人で夜の町を帰ることに。ところが道に迷って路地で座っていると1920年代のまっ黄色なクラシックカーがギルの前に止まり無理矢理彼を乗せていずこかへ。ところがついたところはギルのあこがれの時代1920年代。ヘミングウェイフィッツジェラルドなどの本物に出会って舞い上がってしまう。

ウディ・アレンお得意のファンタジーで、現代、過去を写すパリのそれぞれの風景がものすごく美しい。次々と登場する有名な芸術家たちの姿はさすがについていけないほど盛りたくさん。すっかりとりこになったギルは翌日イネズを誘うが、彼女といるとクラシックカーがやってこず、イネズは帰ってしまうが、12時の鐘が鳴るとまた黄色の車がやってきて、ギルを乗せる。

ギルはこの世界でピカソの愛人で美しいアドリアナに恋をしてしまう。アドリアナはパリは1890年代のベル・エポックの時代がベストだという。そして物語も後半、二人はいつのまにかやってきた馬車に乗り1890年代、ゴーギャンドガが活躍する時代へ。その時代ではゴーギャンたちは古きルネサンスの時代が最高だったと語っている。そこで初めてギルは自分たちは自分たちの生きる現在より一昔前にあこがれているだけであることに気がつく。

アドリアナに別れを告げて現代に戻ったギルはイネズと別れ、セーヌ川のほとりの橋の袂にたっていると、そこへパリで知り合った骨董店の女性と再会。二人は美しい夜のパリを一緒に歩き去っていく。雨がひとしきり彼らをぬらしている。これがウッディ・アレンのラストシーン、映画的なロマンスですね。

とってもファンタジックでノスタルジックな夢物語。ウディ・アレンの繊細な感性が生み出すどこか現代人への皮肉さえ伺えるメッセージがなかなか奥が深い。今の自分に満足できず、それが現代という時代のせいだと勘違いして過去へあこがれる。しかしそこにあるのは、別の意味の不満の数々。結局、今、自分たちが住む世界でベストを尽くすべきなのだと説教しているウッディ・アレンが見えてくるようです。

映画の中のせりふに「最近は名作といっても心に残らないものが多い」などというのもある。その意味するものを考えるとき、一見、美しいファンタジーとしてしか見えないこの映画のもっと奥に潜むメッセージが見えてくるような気がします。何度も見直してみたい一本でした。さすがウディ・アレン

「サニー 永遠の仲間たち」
あくまで韓国映画であることを承知の上で見ていかないと、さすがに独特の笑いや演出にまいってしまう。まだまだ稚拙な映像が残る韓国映画ではあるけれども、この作品はその個性的な部分をカバーしてまとまりのある一本の作品に完成していた気がします。その意味で、評価されてしかるべき一本でした。

主人公ナミの現代の生活のシーンから映画が始まる。母の見舞いにいった先でかつての級友チュナが入院していることを知り、病室に行くと彼女は余命二ヶ月という病に倒れていた。

ナミはチュナの希望によってかつて女子校時代に組んでいたグループサニーのメンバーを捜すべく行動を開始する。大人のナミがかつて通った高校を歩いていくとカメラが回転して学生時代にフラッシュバック。女子校時代のナミが転校してくるシーンへとつながっていく。長回しで延々とクラスの姿を描写する導入部はやや不安定なカメラワークながらなかなか見事です。

こうして、現代で、メンバーを捜すシーンと女子校時代をカットバックで描きながらどんどん物語が展開していきます。高校時代、ライバルのグループと町中で、政府運動のデモを取り締まる機動隊と入り交じって格闘するシーンはかなりコミカルな演出になっていて、そのあと、しばらく同様のテンポの映像が続きます。このあたりのどたばた劇のような演出は韓国映画らしい場面で、非常に稚拙な笑いが画面に反乱する。

このまま、コミカルにいくのかと思いきや次第にカメラが腰を据えて落ち着いてくる。考えようによては即興で演出していったような気がしないでもないけれども、それが成功しているのだからいいとしましょう。そして、一人また一人とかつてのサニーのメンバーの現在の状態を描いて、クライマックスへと流れていく展開のリズム感はなかなかのものです。

ラストはチュナの葬儀の場面。遺影の前でサニーがダンスするシーン、そこへ最後まで見つからなかったジニが高校時代についた顔の傷も癒えて現れてハッピーエンド。

全体は完全に韓国風の場面があふれているのですが、前半部分の浮き足だったようなカメラワークとストーリー演出が中盤から後半へどんどん落ち着きを持ってくるという作品全体に流れるリズムが非常に良い。まだまだ未完成でレベルの低い映像もあちこちに見られるものの、映画のリズムをちゃんと理解した完成度が評価されてしかるべき出来映えになっているのだと思います。

ただ、あまり絶賛するほどの作品とは思えないのでちょっと客観的な視点も忘れてはならない映画だと思います。

「ミッドナイトFM」
深夜のソウルの道をモノクロに近い映像で一台の車が走ってくる。そして川縁に止めた車で一人の男が殺される。これからの物語を暗示する不気味なシーンで映画が幕を開ける。

夜の人気ラジオ番組のDJソニョン。彼女の深夜番組は映画音楽を主にムードあふれる声で視聴者を魅了している。彼女のストーカーまがいのファンがその夜もスタジオの外で待っている。(て自由に入れるというのも?)。連続殺人の報道がテレビを賑わせている。ソニョンは言葉のしゃべれない娘の治療のために番組を降りることに。今夜がその最後の夜。ところが、一人の男がソニョンの家に忍び込み子守をしている妹を拉致して立てこもる。ソニョンのファンで自分は世直しのために殺人を続けているとして、ソニョンに過去にかけた曲のリクエストとそのときのナレーションを要求してくるというのが導入部。宣伝フィルムに使われたこの導入部、ネットや配信動画全盛期の現代に深夜ラジオという設定がまずおもしろい。

小刻みに畳みかけるカットの連続とハイスピードなカメラワークでめまぐるしいほどの緊張感が全編をおおい、息つく暇なくどんどん物語がエスカレートしていく。正直、ちょっと息抜きしたいくらいの気分になってくるのです。でも、これが韓国サスペンス映画の個性でもある。ただ、全く抑揚がなく同じテンポで物語が流れていくので、単調といえば単調なのです。そこが、秀作かただのスリリングなサスペンス映画かの差になっているのだと思います。このあたりがまだちょっと韓国映画の稚拙な面です。

リクエストに応えようとするが最初からミスが発生し、さらに警察に連絡したために妹は殺される。口の利けない娘が犯人に見つからずに部屋の中を逃げ回るサスペンスも設定され、一筋縄ではいかない物語の組立が実にうまい。

しかし、その娘を拉致され、妹の娘同様犯人によって車で連れ去られる。ここから、警察と、ソニョン、さらにソニョンのストーカーなども交えカーチェいすを含めたハイスピードな展開に切り替わっていく。いつのまにか、犯人は娘たちを川縁の自分のすみかのそばの冷蔵庫の中に閉じこめて、ソニョンも捕まえ最後の対決へとなだれ込んでいくのだが、そこへソニョンのストーカーも助けにはいるやら、テレビ放送も絡んでくるやらとなにが何かわからないほどに三つどもえ四つどもえになっていくのだ。

一人一人のキャラクターを描写する演出がほとんどとられておらず、事件に入り込んでいくとあとはもうひたすらストーリーが前に前に進んでいくので、あるいみ非常に薄っぺらくなっている。犯人の残虐さは描かれているものの、動機が今一つインパクトに欠けるし、ソニョンの同僚たちの行動もちょっともったいないほどにさりげなくしか描き切れていないのが実に残念。ほんのちょっと、たとえば、冒頭でソニョンが乗ったタクシーの運転手が実は犯人だったというショットなどにほんのわずかに尺の長さに長短を入れればものすごい良質の映画に変わっただろうと思うと残念で仕方ない。

結局、無事助かってめでたしなのだが、もう少し腰を落ち着けて演出する余裕もあれば一級品のサスペンスになり得たかもしれない一品でした。でも、全く退屈せず楽しめたのだからこれはこれで満足です。