「フリア よみがえり少女」
最初から最後まで思わせぶりなシーンが続くが、結局、どこへ行き着くものもなく、ラストシーンを迎えるという、なんとも緩慢なホラー映画でした。二時間足らずというのに後半はしんどかった。
物語が動き出すまでが非常に長く、動き出してからも、どうなるのかと思わせながらも全く前に進まない展開に、最後の最後までひっぱられる。だから、怖くもないし、不気味さもなく、そしてラストはあっけなく終わるのだから、これはないなという映画でした。
開巻、夜空を見上げる少年時代のダニエルと父。流れ星が流れて、父が「願い事をしなさい。そして誰にも言わないように」と語ってカットは現代へ。
大人になったダニエルと妻のラウラがベッドをでようとしている。二人には子供ができない、というか病後のようで、もしかしたら、もう子供ができない体になったのかもしれない。まだ、完治しないで学校へ復帰するというようなせりふがあるから、そういうことなのだろう。二人は小学校の教師のようである。
学校でマリオという一人の男がダニエルに会いに来る。彼はダニエルの父が再婚しようとしていた女性の子供で、少年時代に面識があっただけ。そして、マリオにはクララという妹がいて、少年時代、ダニエルと遊んでいるときに事故で死んだらしいことが語られる。
マリオはダニエルに娘のフリアに会ってほしいと告げて去る。そして、マリオはフリオが入浴している湯船に入ってカミソリで自殺するのだ。
ラウラは、そんな縁もあってフリアを一時的に預かろうと提案し、ダニエルも同意。ところがこのフリア、時折クララと同じ行動をする。ダニエルとマリオは少年時代、クララと墓地で遊んでいて、いたずら半分にクララを墓穴に降りさせ、ふざけているうちに土が崩れて死なせてしまった思い出がある。そしてダニエルはてっきりフリアがクララだと信じ込むのである。
だんだん精神的に追いつめられていくダニエルの緊迫するシーンが続き、果たしてフリアはクララの生まれ変わりなのか?ダニエルに復讐するのか?と思わせぶりなシーンが続くのだが、いっこうにそれ以上前に進まない。サスペンスのタッチが全く変化しないのである。
やがて、フリアの祖母、つまりマリオの母がフリアを引き取ることを申請、ラウラが訪ねていくと、彼女もフリアがクララだと言い張る。一方、ダニエルはフリアに「もう許してほしい」と言い、「消えてほしい」とフリアを穴に埋めようとしているところへラウラが帰ってきて、ダニエルを崖から突き飛ばしてエンディング。
崖下に落ちたダニエルの目に星空が映って暗転。
と、結局、フリアはクララ?それとも、祖母によって洗脳されてクララになったの?と歯切れのよくない謎が残ってしまうのである。これは映画としての余韻ではなく、脚本としての締めくくりの甘さである。
フリアがクララの生まれ変わりとすればホラーとなり、彼女がダニエルとマリオに復讐するためにやってきたのだとすれば、おぞましい。しかし、少年時代のダニエルとマリオがクララに冷たいのも、それほど狂気的なシーンでもないし、普通の子供たちである。怪物としてクララが呼ぶダニエルとマリオ、特にダニエルがもっと悪魔的な存在なら物語は成り立つが、ここも弱い。詰まるところ、登場人物のキャラクターが浮き上がっていないのである。
テクニカルなカメラワークや演出もなく、淡々と意味ありげなシーンが連続。そして、フリアがクララか?という展開を最後まで引きずるというあまり芸のないストーリーテリングが本当にしんどいのです。個人的にはもうちょっとはらはらドキドキがほしかった気がします。
「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」
丁寧なストーリー展開と落ち着いた色彩演出、美しい画面づくりで、へたをするとどろどろした欲と愛憎の汚れた作品になるところを、見事に格調を保った作品として完成させた佳作でした。
物語は18世紀、デンマークの王朝のスキャンダルを描いた史実に基づいた物語です。監督はニコライ・アールセンという人です。
美しい淡いグリーンと、反射を抑えた水面の水色、空の色を基調に、横長の画面に素朴に配置した人物のショットが非常に美しい。
デンマークの王妃カロリーネが息子たちに宛てた手紙を読むシーンから映画が始まる。時は18世紀後半。そして物語は6年前に。
イギリスからデンマークに一人の王妃カロリーネがやってくる。左に大きく船を配置し、小さく右から近づいてくる小舟のショットが実に美しく、それに続いてカロリーネが乗る馬車が、緑のみずみずしい大地を走るシーンに引き込まれてしまいます。
芸術や知識豊かなクリスチャン7世の噂に期待を持って王妃としてやってきたカロリーネだが、あまりにも子供のようなはしゃぎ方をする王の姿に不安を覚え、町にはびこるネズミなどの光景に目を背ける。
ヨーロッパでは知識人による啓蒙思想が広がり始め、先進的な国が現れているにも関わらず、教会と保守的な営利主義の貴族層による専制がはびこるデンマークでは、拷問なども日常茶飯事である。そんな中で、形だけの王で孤独な毎日を送るクリスチャン7世はヨーロッパ歴訪にでた旅先で精神を病み、一人の侍医ストルーエンセを雇う。ところがこの侍医と王が妙に気が合い、そのまま帰国。
圧倒的な信頼を得た啓蒙主義者ストルーエンセの助言で、自信を持った王は、次々と近代的な改革を始める。そんな王をたくましく思う反面、カロリーネは舞踏会でストルーエンセと恋仲になってしまう。
こうして、王と侍医、王妃の三角関係の恋物語を中心に展開するが、一方で、腐敗したデンマークを改革していく王の姿を、描いていく。そして、当然、追放された貴族たちは反旗を翻すべく、ストルーエンセ追放の動きを始める。
謀略が張り巡らされていく課程は、それほどサスペンスフルな演出をせずに淡々と史実を描いていく。その脚本が実に品がよくて、どこまでもその品の良さが崩れていかないのが実にすばらしい。
やがて、ストルーエンセはクリスチャン7世に働きかけ、王に次ぐ権力を得るのである。
ところが、カロリーネに不審を持った皇太后を中心とする保守は貴族たちによって、ストルーエンセとカロリーネの不義が明らかになり、ストルーエンセは逮捕され、王はまた元の形だけの王となり、政治は逆戻り、恩赦の嘆願書をカロリーネは王に送り、王は恩赦をするべく返答するが、貴族たちの陰謀で、正しい処刑の日を王に知らせず、処刑が行われてしまう。
カロリーネはドイツに追放され、そこで、病に倒れる。最後にクリスチャン7世との間に生まれた皇太子とストルーエンセとの間に生まれた姫に手紙を託し、ストルーエンセとの真実の物語を告白するのである。
ストルーエンセの処刑の後、中世に戻ったものの、クリスチャン7世の跡を継いだ皇太子によって、古い貴族や教会はただされ新しいデンマークへと変わっていくとナレーションが流れる。
地味な作品だが、丁寧なストーリーテリングを徹底し、画面づくりにもこだわった美しいシーンの数々と、景色の中に配置する人物を小さくとらえたり、地平線の隅に配置してみたりと、映画的な映像が最後まで続き、歴史の一ページをかいま見たという静かな感動を味わうことができました。良質の一本でした。