くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「蜂の旅人」「皇帝と公爵」「ジャッジ!」

蜂の旅人

「蜂の旅人」
昨日見た「狩人」ほどの極端な長回しはありませんが、流麗なカメラと、美しい構図、それを支えるヨルゴス・アルヴァニテスのカメラがとっても美しい作品。一人の初老の男が、人生の後半に迎える、若き日への思い、家族との愛をかみしめながら、自らの終焉を迎えるという、人生を見つめた人間ドラマの傑作でした。

物語はシンプル。小学校の教師を唐突に辞職した主人公スピロの娘の結婚式の場面から映画が始まります。そして娘を送り出して後、自ら家族に別れを告げて、一人、蜂を養蜂する旅にでます。途中、一人の少女に出会い、一度ははぐれるものの、再び再会して、お互いに愛し合う。しかし、少女は「私を旅立たせて」と言い残し、去っていく。一人の残ったスピロは蜂の箱を丘の上に置き、その箱をすべてはなって、自ら蜂に刺されて死んでいく。

少女に淡い恋を抱きながら、どこかに踏ん切れない、父としての自分の姿。愛する妻アンナと別れ、家族から離れて一人になった自分を振り返り、今までの生き方に苦悶するスピロの姿は、非常に切なさの中に、もの悲しい孤独が漂います。さすがにマルチェロ・マストロヤンニの演技は抜群で、はじけるような若さの少女と好対照な存在感は見事です。

夜の町にヘッドライトが光り、道路の水たまりに露店の明かりが反射する中を走る場面や、落ち着いた色彩の建物や看板を画面の中に配置した映像づくりもすばらしく、デジタルでは決して表せない美学が散りばめられています。

長回しで語る物語は、時に画面の中に私たちを次の展開に引き込むような陶酔感を与えてくれます。

すっかり、テオ・アンゲロプロス監督にのめり込んでしまった感がありますが、どれを見ても本当にすばらしい。この映画もとってもいい映画でした。


「皇帝と公爵」
何とも、鈍長で混沌とした映画でした。中心になる物語は、歴史の一ページそのものという感じで、人物に焦点が当てられていないので、どこをどう見るのかわかりづらい。要するにポルトガルに侵攻していったフランスナポレオン軍が、敵対するイギリス、ウェリントン公爵が率いる軍隊に結局勝つことができず、引き上げていくというお話で、フランス軍が通った後には、荒涼とした土地が残ってしまったというむなしいお話である。

特に、クライマックスでスペクタクルな戦闘シーンがあるわけではないし、途中の映像も際だった美が存在するわけでもない。それぞれの将校たちの恋、別離、死別などの出来事が群像劇として次々と語られるが、いったい、誰が誰か途中からわからなくなる。
フランス軍、イギリス軍、ポルトガル軍のそれぞれのお話が混沌と描かれるのである。

確かに、大作ではあるが、見るべきポイントがわからないままにラストシーンを迎えた。

やたら、SEXシーンもでてくるし、女が男を誘惑するシーンも中盤にやたらでてきて、観客を引きつけるサービスにしか見えず、正直、下品にさえ見えてくるから、本当に無駄の多い構成である。
全体には、平凡な映画で、損をしたと思えるほどの駄作ではないけれども、見るべきところもこれといってない映画でした。


「ジャッジ!」
軽いのりと、軽快なテンポで突っ走っていく作品かと思いきや、一つ一つのせりふが、徹底的に書き込まれているし、それぞれのせりふにこだわった演出に、片時も目を、いや耳を離せなくなってしまう。そんな佳作であった気分で、とっても楽しい映画でした。監督は長編デビューの永井聡、脚本が、ソフトバンクCMのプランナー澤本嘉光というのが、面白いですね。

映画が始まると、フラッシュの音とともに、主人公太田(妻夫木聡)の横顔のアップ。そして、それにかぶってのタイトルが乗ってきて物語へ入っていく。このテンポが実によろしい。後は、その勢いで、どんどん、のりとつっこみで展開していく。
自己保身に走る太田の上司の大滝の策略にはめられて、身代わりにCMコンテストに行く羽目になる太田のくだりや、リリー・フランキー扮する鏡さんに妙な手ほどきを受けるくだりは、わざとらしいが、それを受ける妻夫木聡が、ちょっと上手く乗り切れていないのが残念。

とはいえ、大好きな北川稽古扮するひかりを巻き込んで、みるみる舞台はアメリカのCMコンテストの会場へ飛び込んでいって、そこでも、薄っぺらながらのりで駆け抜けていく。しかし、所々に散りばめられた見事なせりふの数々が、ただのコメディで終わらせない不思議な魅力を生み出してきて、いつの間にか引き込まれてしまっている。もちろん、どこかで聞いたことのあるせりふもあるように思えなくもないのですが、それでも、見事なものです。

うなったのは、最終選考に向かう太田が、眠っているひかりをおいてでていったとき、老廊で、「おたく・・」のせりふがひかりのところに聞こえている、という演出は見事である。あるようでない、細やかな音に対するこだわりが、この映画の秀逸たるところで、この後、おきまりかもしれないが、一次選考が落ちた自分のCMとはるかのトヨタのCMを審査復活させ、自分がおりて、はるかのCMをグランプリさせる下りは、ベタながら、胸が熱くなる。

その後のエピローグも手を抜くことなく、ちくわより冒頭のキツネのCMで盛り返すというこだわりぶりが実に心地よい。

正直、北川景子さんをみれたので、それ以上は望まなかったのですが、掘り出し物に出会った感じです。難をいうと、妻夫木聡のコメディのリズム感が、ややずれている気がすることと、大嫌いな鈴木京香(しかも、少し太ってる)がでていたことでしょうかね。

いずれにせよ、今年見た邦画のトップ(って、まだ一月ですが)となる快作でした。