「モラン神父」
なるほど素晴らしい。前半の静かなカメラワークから後半クライマックスに至ってのシャープな演出とキレのあるカメラワークへのリズムの転換、そして心理描写がどんどん核心に迫ってくるカットの繰り返しに圧倒される。これが絵作り、これが映画作りだと思う。確かに物語は好みではないが、素晴らしい。監督はジャン=ピエール・メルヴィル。
第二次大戦下、ドイツが侵攻してくる直前から物語は始まる。主人公バルニーは無神論者であるが、ある時モランという神父に出会い、信仰に目覚める。いや、信仰に目覚めたというより、モラン神父に心が揺れているのだと気付き始める後半からどんどん物語がサスペンスフルに展開して行く様が素晴らしい。
鏡をたくみに使った演出、細かいフェードインフェードアウトを繰り返す畳み掛けるようなカメラ演出と、明らかにスピードとキレを加えていくカメラワークの変化、主人公バルニーが、友人の一言で、モラン神父への気持ちが恋だと気がつき、ベッドに誘う等の気持ちの揺れがどんどん高まる心理描写も見事。
結局、かなうことがなく、二人はともにパリに移ることになる。モラン神父に呼び出され、自宅に行くバルニー。その部屋は荒れ放題で、待ち構えていたモラン神父は自分の気持ちに気がつきながらも、神父であるという立場で、これから布教に向かうと告げる。
聖職者と一人の女性との恋物語のようだが、そこにスリリングなサスペンスを生み出す演出が光る一本。これが監督の色なのである。素晴らしかった。
「いぬ」
久しぶりに本物の映画を見た。これこそが傑作というにふさわしいサスペンス映画の名作。ジャン=ピエール・メルヴィルの代表作にして名作の一本をついに見た。全く素晴らしい。ワンシーンワンカットの延々と見せる長回し、ピタッと決まった絵画的な絵作り、光と影を使う画面作り、そして二転三転するスリリングなストーリー展開の妙味、これが映画だと言わんばかりである。
一人の男モーリスが、高架下のような道を延々と歩いて来る。カメラはそれを捉えタイトルが続く。そして彼は一軒の家にやって来る。そこは盗品を扱うジルベールの家である。そしてことば巧みにピストルを手に入れ撃ち殺し、宝石と金を奪い街頭の根元に埋めてテレーズの元を訪ねる。
そこへ、泥棒の器具を調達する便利屋のシリアンがやって来て、モーリスの友人のジャンもやって来る。モーリスはレミーという相棒とこれから強盗をしようとしていた。
ところが、シリアンはモーリスたちが出た後、テレーズのところを訪ね、どこに強盗に入るか聞き出し、警察の友人に密告する。シリアンは警察の犬だった。そして駆けつけた警部はモーリスたちを追い詰める中で撃たれて死んでしまい、モーリスの相棒のレミも撃たれる。
しかし、テレーズも殺され、モーリスは捕まるも獄中で自分に黒い手が迫っているのを知る。実はテレーズこそがいぬで、ジルベールを殺したのはヌテシオという男になるようにシリアンは画策する。そのヌテシオの情婦はシリアンの元恋人で、シリアンはフェビアンヌとよりを戻す。
シリアンはモーリスを助けるためにテレーズに強盗先を聞き出したが時すでに遅く、傷ついたモーリスを助けたのだ。
そんなことと知らないモーリスはシリアンがいぬだと信じ込み、獄中で同房の男にシリアンが田舎に帰ったら殺すように頼んでいた。
ところが真相を知ったモーリスはシリアンを追いかけるが、誤って抜いてしまい、自分が先に田舎の家に駆けつけ間違えて殺される。そこへシリアンがやって来るが、モーリスの最後の一言で衝立に隠れている男をシリアンが撃ち殺す。しかし虫の息の男が最後にシリアンを撃つ。
と、真相が複雑すぎてやや混乱しないわけではないものの、二転三転する絶妙の展開が見事で、クライマックスはあいた口が塞がらなかった。全く見事な作品である。これぞ、メルビルの真骨頂かと思える傑作でした。