くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「THE CROSSING 香港と大陸をまたぐ少女」「家なき子 希望の歌声」(実写版)

「THE CROSSING 香港と大陸をまたぐ少女」

これと言ってずば抜けている作品でもなかった。お話が平凡だし映像も秀でていない。主演の女の子が可愛らしいからもったようなものという感じでした。監督はバイ・シュエ。

 

女子高生のペイと友達のジョーが遅刻でとびこんでくるところから映画ははじまる。二人はクリスマスに札幌の行くのを夢見てお金を貯めていた。ペイは中国の深圳から香港に越境通学していて母は香港で麻雀ばかりしている。父は中国で別の家庭を持っていた。ペイは頻繁に中国と香港を行き来していた。

 

ある時、船上パーティでジョーとペイはハオという青年と知り合う。間も無くハオはジョーと付き合い始めるが、たまたま、ペイが税関で一人の青年から密輸したiPhoneを預けられる。そして預けられたスマホを取りに来たのはハオだった。ハオはそんな携帯電話の密輸をしていて、お金の必要なペイは仲間に入れて欲しいとボスであるホアに頼む。

 

こうして、携帯の密輸に関わるペイだが、次第にハオと仲が良くなってくる。ホアの信頼を得てきたペイは、ホアからさらに稼ぎの良い拳銃を運んでみないかと持ち掛けられるが、ハオは絶対しないようにとペイに訴える。

 

ハオはホアを通さずにペイと携帯を密輸する計画を立て、ペイは体にスマホを巻いて中国に入る。ところがようやく取引先の男の家まで辿り着いたが、どこで察知したかホアらがきていた。万事休すと思われた時警察が突入し逮捕される。

 

ペイは保護観察処分となり、ジョーとも疎遠になる。かつてハオと来た香港を見下ろす山に母を連れていく。映画はこうして終わっていく。

 

逮捕される件がちょっとご都合主義的に見えるし、親友のジョーの家庭背景がいまひとつ見えない上に、疎遠になったまま姿を消してしまうしホアらの犯罪組織の闇がもう少し掘り下げてもよかったのではないかとも思います。もう一歩練り足りないそこかしこに穴がある脚本という感じです。まあ普通の映画でした。

 

家なき子 希望の歌声」

非常にオーソドックスに描いていく文芸作品という仕上がりですがいかんせん演出センスが弱いのと脚本のできが今ひとつなので、もう一歩秀作になり損ねた感じの映画でした。監督はアントワーヌ・ブロシエ。

 

主人公レミという老人が子供たちに自分の過去を語る所からオープニング、そしてフランスの片田舎で暮らすレミ少年の姿から物語は始まる。貧しい家庭で、夫からの金の催促に応えられない妻の不甲斐なさが描かれ、やむに止まれずレミを孤児院へ連れていくことにする。実はレミは捨て子だった。唯一、豪華な産着だけが彼の出生を示すものだった。

 

孤児院に連れていく途中、旅芸人のヴィタリスがレミを買い受けることになり、レミは旅芸人として街を出ていく。このヴィタリスはかつては世界的に有名なバイオリニストだったが、名声だけを追い求めていたため妻と息子を死なせてしまった過去があった。ヴィタリスはレミの歌声にその才能を見出し、レミを一流の音楽家に育てることにする。

 

旅の途中で、ある貴族に気に入られ、その家の車椅子の少女リーズとレミは親しくなる。しかし、音楽の才能を伸ばすべくヴィタリスはレミを連れて旅に出る。しかしある町で逮捕されヴィタリスは二ヶ月収監され、その時に結核をうつされてしまう。

 

出てきたヴィタリスはレミとともに旅を続けるが、リーズにかつて話した、自分は捨て子で、産着だけが彼の素性を示すものだという言葉にリーズの母が多方面で調べて、とうとうレミの両親がロンドンにいることを突き止める。

 

ようやく辿り着いたものの、今では家は寂れていて、財産を狙う叔父たちの巣窟になっていた。とりあえず、レミはその家に引き取られたが、あわや殺されるというところでヴィタリスが駆けつけ、本当の母の居場所を聞き出し吹雪の中向かう。しかし教えられたところは朽ち果てた教会で、やがてヴィタリスは寒さの中で息を引き取る。しかし、近くに住んでいた貴族の女性が助けに駆けつけレミは助けられる。そしてその女性こそレミの本当の母だった。

 

映画は冒頭のシーンに戻り、レミは子供達に語り終えて朝が来る。レミは音楽家で成功したことを示す写真が写され、傍らにはリーズの姿があり、ヴィタリス孤児院になっているカットで映画は終わる。

 

ホテルでのヴィタリスの演奏シーンも今ひとつ作品に貢献していないし、終盤のロンドンの場面から実に雑な展開になってしまい、ここまでの流れをぶち壊した感じです。演出センスのなさと脚本構成の弱さゆえ原作の格調を描ききれなかったという仕上がりでした。