くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ジャスト6.5闘いの証」

「ジャスト6.5 闘いの証」

サスペンスでもアクションでもない、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた社会ドラマだった。イランという国の圧倒的な描写、一見ただの麻薬捜査の物語かと思えば、次第に見えて来る本当の暗部。もちろん、麻薬取引を容認するわけではないが、その存在の裏にあるギリギリの人間ドラマに終始目を離すことができなかった。見事。監督はサイード・ルスタイ。

 

刑事の乗った車がとある建物にやって来るところから映画は始まる。そして、その建物に突入するが、売人と思しき男が見当たらない。一人の刑事ハミドが、屋根の上に映る影を見つけ、屋根から飛び降りた売人の若者を追いかけ始める。途中、持っていた麻薬を投げ捨て逃げる青年は、金網を乗り越える。ところがそこは残土を埋める工事現場の穴で、逃げ出せなくなる。一方、追って来たハミドは青年を見失う。青年の落ちた穴に、ブルドーザーが土を被せ埋めてしまってタイトル。このオープニングにまず引き込まれます。

 

麻薬撲滅チームのリーダーサマドは、麻薬組織の元締めナセルを逮捕すべく、人々に薬を売っているある家に捜査に入る。しかし証拠は見つからないなか帰ろうとして、麻薬犬がその家の主人の妻に吠えかかる。そして夫婦ともども逮捕。コンクリートの土管の中で薬を吸っているホームレスたちを一斉に取り締まり逮捕する。この時のシーンが物凄くて、どれだけいるのかわからないほどの人間が逮捕されるのは圧巻である。

 

サマドは逮捕した売人から、繋がりを辿って、組織の元締めナセルの居場所をかつてのナセルの恋人の女性の口から聞き出すことに成功。

サマドらはナセルがいるペントハウスに突入するが、ナセルは睡眠薬を大量に飲んでプールで意識不明になっていた。サマドはナセルから、密売のルートなどを聞き出し、そのつながりを究明していく。ナセルはサマドを買収したり画策するがサマドは取り合わない。

 

イランの裁判なので、いわゆる裁判官一人が聴取しながら調べていく展開となる。冒頭でハミドが取り逃した売人の事件が蒸し返されたり、ナセルの証言でサマドが押収した麻薬を一部着服したと責めてみたり、欧米や日本の裁判とは少し様相が違うので、最初は戸惑うが、そこに適当さはなく、公正に進んでいくから、映画としてしっかり見ることができる。

 

やがてナセルの刑が決まって来るが、自分が築いた財産が全て没収されるということになり、カナダに留学していた娘も帰らなければならなくなり、家なども全て取り上げられて、家族が泣き崩れるに及んで、ナセルは必死で家だけでも残してほしいと懇願する。逮捕された様々な人々の裁判のシーンの中でイランのスラム地域の、悲惨な現状を切々と描写するくだりは、胸に迫るものがあります。

 

ナセルは死刑が確定し、やがて死刑執行の日が来る。大勢を一度に絞首刑にする施設がいかにもイランという感じがしますが、その装置を点検する姿、そして一斉に執行されるのをじっと見つめるサマドの視線がどことなく痛々しい。

 

間も無くしてサマドは署長になったようですが、カットが変わり、サマドは警察を辞めて家族の元に戻るという。ナセルが退避された時の麻薬常習者は百万人だったが今や六百万人で、キリがないことへの虚しさをハミドに訴える。

 

ハイウェイ、たくさんのパトカーから警官が降りて来る。渋滞している車を縫って中央分離帯に迫ると、蟻のように大勢のホームレスが逃げ惑う。こうして映画は終わる。重々しい社会テーマの作品ですが、裁判シーンでの様々な境遇の罪人たちの行動は胸に迫るものがあります。映画的なシーンもふんだんに描かれ、作品としてもクオリティの高い一本でした。