くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「2046」4K版「天使の涙」4K版

「2046」

スタイリッシュな映像とシュールで目眩く幻想のようなストーリー、抜群の音楽センスで魅せるSF映像ラブストーリー。まるで一枚の映像詩の如き作品でした。公開当時見た時もくっきりと物語が把握できませんでしたが、今回は若干理解できたと思います。あまり個別のシーンにこだわらずに全体を感じる映画だとは思いますが、少し混沌んとしていて間伸びしている気がしなくもない。特に終盤。でも、良い映画ですね。監督はウォン・カーウァイ

 

近未来の都市を走る列車に中、2046から戻ってきたたった一人の人物、日本人の男。これは主人公チャウが描いている小説の物語である。1966年、主人公チャウは香港に戻ってくる。香港で暴動が起こっている。チャウは、ワンという支配人がいるホテルに滞在しようとする。かつてミミという女性が住んでいた2046号室に部屋を借りようとするが彼女は出て行って、部屋を改装するから隣室2047号室にとりあえず部屋を借りることにする。

 

まもなくして、2046号室に一人の女性バイ・リンがやってくる。そんな頃ワンの長女ジンウェンは日本から来た一人の男と恋に落ちていたが、ワンは大反対で、無理やり別れさせられたジンウェンは独り言を言うようになっていた。ワンの次女も活発な女性で、まもなくして駆け落ちして家を出ていき、ジンウェンは入院することになる。

 

チャウとバイ・リンは、次第にひかれあい、愛し合うようになる。時が過ぎ1967年、1968年と流れていく。しかし、深く恋に溺れることを望んでいないチャウは次第にバイ・リンと疎遠になっていく。しかし心の底からチャウを愛してしまったバイ・リンはチャウのことが忘れられなかった。それでも、チャウの心は戻らず。やがて二人は別れてしまう。

 

チャウは2046という小説を書いている。高速で走る列車の中で、チャウの分身でもある日本人の男はジンウェンに瓜二つのアンドロイドと出会う。病院から戻ったジンウェンは、チャウの助手として小説を書く手助けをしていた。まもなくして、チャウとジンウェンも惹かれ合うがジンウェンの心には日本人青年タクの存在が消えることはなく、やがて日本へ行ったジンウェンはタクと結婚することになり、ワンも日本へ向かう。2046の小説の中で、日本人の姿になったチャウはアンドロイドに恋するが結局アンドロイドはチャウを愛することはない。

 

チャウのところへバイ・リンがやってくる。以前、チャウに会うために香港に来たがチャウは留守だったという。その頃チャウはシンガポールにいた。香港へ来る前、チャウはシンガポールで賭博場へ出入りし借金にまみれていた。そんな彼を助けたのが賭博師であったスー・リーチェンだった。彼女に助けられ香港へ戻ったチャウは、ジンウェンとタクの恋を成就させるため、タクからの手紙をチャウ宛に送るようにし、ジンウェンとタクの仲を取り持ってやる。

 

映画は、永遠の愛を求めるチャウ、タク、ジンウェン、そしてルルの姿を現実と小説の中を行き来しながら目眩く物語として描いていきます。そして永遠の愛を求めて列車に乗った小説の主人公が近未来の都市へ向かう中、映画は終わっていきます。

 

クリストファー・ドイルの美しいカメラ、音楽が奏でる映像詩、現実と小説の中を行き来するストーリー展開、まさにウォン・カーウァイならではの愛の追求劇が幻想的に描かれていく様は圧巻ですが、ちょっと作り込みが過ぎた気がしないでもありません。斜めの構図を多用した自由な画面作りは陶酔感を覚えるほど美しいし、今見直すと、クセになる魅力は十分に備えた一本だったと思います。

 

天使の涙

手持ちカメラを多用し、自由な構図を駆使、抜群の音楽センスでテンポ良く展開するスタイリッシュな映像を堪能できる作品でした。監督はウォン・カーウァイ

 

一人の女、実は殺しの手配をするエージェントで、この日もターゲットを友人と表現して殺し屋に仕事を依頼するためにロッカーに指示を入れる。その指示を受ける孤独な殺し屋は的確に仕事をこなすが、彼には一つの思いがあった。

 

口の効けない青年のモウは深夜の店を勝手に開いて強引な商売を繰り返している。たまたま彼は失恋したらしい一人の女性と出会い恋心を抱く。

 

エージェントは殺し屋がこなした仕事の後始末を確認し、それに興奮して自慰をしてしまう。モウは父を慕っていて、仲良く暮らしている。殺し屋にハイテンションの金髪女が近づき、その女は殺し屋とも知らずにその男に恋してしまう。

 

ある時、殺し屋はエージェントに、この関係を切りたいと申し出る。エージェントは次の仕事にまぎれて殺し屋を亡き者にするための指示を出す。殺し屋は金髪女に別れを告げ、仕事をしにいくが、その場で大勢に撃たれて死んでしまう。モウの父親は突然体調を崩し死んでしまう。モウは夜の店で仕事をしていると、恋焦がれていた失恋女と再開するが女はモウのことを忘れていた。

 

エージェントは相棒を持たないことにしてレストランでいると、背後でモウが喧嘩をして叩きのめされていた。エージェントはモウのバイクで家まで送ってもらうことにする。モウのバイクが地下道を抜けると夜明けの空が広がっていた。こうして映画は終わる。

 

縦横無尽に場面を捉える手持ちカメラと、フィックスのカメラアングルを繰り返し、少々荒っぽい映像ながら、それぞれの登場人物を画面に次々描いていく演出と音楽のマッチングはみごとで、さらにクリストファー・ドイルのカメラも秀逸。ウォン・カーウァイらしい一本でした。