くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「蟻の王」「理想郷」

「蟻の王」

ブライバンティ事件を扱った作品ですが、映画のクオリティは優れているものの、それがかえってこういう同性愛問題を描くには美しすぎる出来栄えになった気がします。ドラマ性もストーリー展開も丁寧で絵も綺麗です。主人公二人も純粋に美しい。いい映画ですが、毒気が少し足りないのはちょっと物足りない気がしました。監督はジャンニ・アメリオ

 

イタリア、映画が流れるオープンカフェで一人の男アルド・ブライバンティが店員と蟻の話をしている。彼は蟻の研究家だった。そして彼は過去を回想する。ベッドで眠る二人の男性の一人が男たちに拉致され強制的に車に乗せられる場面から映画は始まる。拉致されたのはエットレという青年、ベッドに残ったのはアルドという大学教授だった。エットレは母達に強制的に精神病院に入れられ、電気ショックの治療を施される。

 

遡って1959年、大学で教鞭を取るアルドのところで世話になっている学生は弟のエットレを紹介する。アルドはエットレに詩や小説の名文を語り、お互いその教養の深さゆえ、エットレはアルドに惹かれていく。一方、アルドはこの地域では誰もが知る男色家だったこともあり兄はエットレが彼に近づくのを控えるように勧め、両親も危惧し始める。

 

しかしエットレとアルドはお互いの教養を深める中、大学のパーティでは普通に女性とダンスをしたりするものの二人の仲は周りが危惧した方向へ進み、エットレの両親は教唆罪という罪でアルドを告訴する。そして裁判が始まるが、世間の目も声も男色家のアルドに否定的だった。この事件を担当させられたジャーナリストエンニオは、取材を進めるうちに、アルドを責める世間の視点に疑問を感じ始める。しかし、裁判はアルドに否定的で、やがて実刑判決が降りる。エットレは病院で治療を進めるなか、次第に廃人同様になっていく。

 

時が経ち、アルドの母が亡くなり、その葬儀のために一時的に刑務所を出てきたアルドは、退院して絵を描いているエットレと再会する。そして、二人で過ごした時間は素晴らしかったと抱きしめ合う。アルドはそれを最後にエットレと会う事はなく、後に減刑されて出所し、亡くなったというテロップが流れる。こうして映画は終わる。

 

非常に上質な作りになっていますが、当時の世間の目、エットレの両親のドラマを交えたらもっと奥の深い仕上がりになったかもしれないが、それでもクオリティの高い作品だった。

 

「理想郷」

尋常のレベルではない映画なので、その前提を理解していないとこの映画の凄さ、メッセージは見えてこないのだろう。その意味で、個人的には全く具体的に感想は書けない作品だった。地続きの国の歴史的な確執や、教養レベルや貧富の違いは、日本や先進国の一般常識とは完全に隔絶されたままで、その理解を身をもって感じられないと本当の評価はできない作品。とは言っても、第一部を男性の視点から第二部を女性の視点から描く作劇はちょっとお見かけしないオリジナリティを感じたし、その意味で一歩抜きん出た映画だったと思います。監督はロドリゴ・ソロゴイェン

 

スペインの山深い村の酒場、フランスから移住してきたアントワーヌは、村の男たちとボードゲームをしている場面から映画は幕を開ける。一見、普通の風景だが、アントワーヌのことをフランス野郎と呼ぶ男たちの言葉の端々に敵意が見られる。その場を立って帰宅したアントワーヌは妻オルガとこの地に来て二年、有機農業でこの地を開発しようと理想に燃えているようである。しかし、この村に風力発電の設備を設置する提案があり、村人は補償金目当てに賛成したがアントワーヌは反対、計画は中座していた。そのこともあり、村人たち特に隣人のシャンとロレンソの兄弟はアントワーヌに嫌がらせをする。

 

酒の瓶が捨てられていたり、ベンチに小便がかけられていたりして、アントワーヌは抗議に行くが証拠もない。地元警察も対処しているという返事だけで一向に改善してこない。アントワーヌの農園にひいている井戸にバッテリーが投げ込まれトマトが全滅、大損害を受けてしまう。アントワーヌはなんとかシャンたちと交わろうとするが、どう説得してもシャンたちの心が動く気配はなかった。アントワーヌは元教師で科学的に農業をし、この地を理想的な場所に復興したいと考えているが、シャンたち地元の住民にとっては極度の貧困の中、風力発電の補償金が唯一の頼みでもあった。そんなお互いはどこまで行っても平行線だった。

 

地元の老人の葬儀の帰り、アントワーヌとオルガは道を塞いでいるシャンたちのトラックと出会う。そしてシャンとロレンソに脅され命の危険さえ感じてしまう。アントワーヌはシャンたちの行動をカメラに収めようとビデオカメラを隠し持つようになっていた。ある時、一人森を散歩していたアントワーヌはシャンたちの気配を感じる。危険を感じたアントワーヌは逃げるが、二人に押さえつけられ、殺されてしまう。そして時が経つ。

 

オルガはこの地で一人農業をしながら合間を見てアントワーヌの遺体を探しに森を歩き回っていた。警察は全く当てにならず、来る日も来る日も森を彷徨う。そんなオルガの所に娘のマリーがやってくる。母を連れ戻しに来たのだが、ガンとして動かないオルガを見てしばらく一緒に農業を手伝うようになる。羊を手に入れるために仲買人のところへ行った帰り、シャンたちに近づかれマリーは怯えて動けなくなる。それでも必死で羊を運ぶ母の姿に、その決意を感じ、連れ戻す事はやめて帰っていく。

 

何度目かの森の捜索に出たオルガは、アントワーヌがシャン達に襲われた際に持っていたビデオカメラを発見する。SDカードの復元は難しいと警察で言われたが、オルガはシャン達の家を訪ね、母に、息子達は刑務所に入るからあなたは一人になると耳打ちする。やがて、警察はアントワーヌの遺体を発見、オルガは確認のためにパトカーに乗る。警察へ向かう途中、じっと見つめるシャンの母の視線、それを見返し、ふっと笑うオルガの表情で映画は終わる。

 

なぜあそこまでスペインの地にこだわるのか、なぜ警察は動かないのか、なぜ地元民はあそこまでアントワーヌらを忌み嫌うのか、そんな様々は、この国に住んで、この地の実情を肌で感じてこそわかる感情なのかもしれない。そんな独特の世界観を見事な作劇で映像にしたこの映画の凄さは、ある意味、その辺の作品とは一線を画した映画なのだろう。それでも、そこまで前のめりにならないと面白さを理解できない映画であることは確かだと思いました。