「ハッシュ!」
雑多なオープニングからみるみる映画にテンポが乗ってきて、中盤以降は面白くて面白くて、終わってほしくない展開に引き込まれて楽しんでしまう。奇妙なお話ながらとにかく楽しい傑作でした。監督は橋口亮輔。
男同士がベッドで目を覚ます。一人は直也と言って、ゆきずりの男と一夜過ごしたらしく、その男はそっけなく部屋を出ていってしまう。寂しい思い出見送る直也はペットショップで働いている。直也はゲイだが、店でもそれほど目立つわけでもない。ここに水産研究所で働く勝裕はゲイであることを隠すあまり目立たなく振る舞い、同僚に馬鹿にされ雑用ばかり言われながらも黙々と仕事をしている。
そんな勝裕の同僚の永田という女性は一方的に勝裕に思いを寄せ、ストーカー的に接して来る。一人の歯科技工士朝子はゆきずりの男とSEXを繰り返す自堕落な生活をしていた。若いだけの男とこの日も体を無理やり求められ辟易としながらもSEXしてしまうが、良性の腫瘍が見つかり医者に手術を勧められる。
ある夜、ゲイバーで勝裕と直也は出会い、意気投合して一緒に暮らすようになる。ある雨の昼休みに二人が蕎麦屋で食事をしていて、傘を取られて困っている朝子と出会う。勝裕が自分の傘を貸してやるが、朝子は、部屋にやってきた若い男を追い出す際に傘を壊して、新しい傘を持って勝裕の職場にやって来る。
実は朝子は最近子供が欲しくなっていた。結婚も家庭もいらない朝子は勝裕に子供を作ってほしいと職場と頼む。最初は戸惑う勝裕だが、彼もまた父親になれる可能性を感じていた。そんな勝裕を直也は非難する。しかし、朝子の生真面目さに、やがて三人は奇妙な関係で付き合い始め、子供を作ることも前向きに考え始める。朝子はスポイドで勝裕の精子を取ればいいのではと言い出したりする。
勝裕は実家へ行き、兄勝治とその妻容子夫婦としばらく暮らす。兄夫婦は見合い結婚で、ギクシャクしているようだがそれなりにうまくいっている。家に戻った勝裕は、直也や朝子といろいろ考えながら暮らす。そんなある日、直也と朝子が買い物から戻ると勝裕の勝治と容子、その娘と直也の母克美が来ていた。永田が勝手に勝裕のことを調べ上げ、それが勝裕の兄の元に届いたらしい。容子は昔風に勝裕らを非難するが、勝裕はどうしようもなかった。兄夫婦、克美らを含め大騒ぎになってしまう。しかし、勝治は勝裕に、自由に人生を送ればいいと帰って行く。
ある夜、兄がバイクで転んで怪我をしたと留守電が入っていた。勝裕が折り返し電話をしたが容子は大したことはなかったと答える。ところがしばらくして、兄が急死したと連絡が入る。一方、朝子は先日に勝裕の兄夫婦が来た後自宅に引きこもっていた。勝裕と直也が食べ物を持って訪れるが出てこない。しかし、食事を届けての帰り、永田が勝裕を呼び出す。
永田は強引に勝裕にネクタイをプレゼントしようとするが、直也は勝裕を引き離し連れ帰る。まもなくして、朝子が引っ越しすることになり、勝裕らが手伝いに行く。引越しの後、部屋で三人で鍋を囲むが、朝子はスポイドを二本買ってきていた。そして勝裕と直也に渡し、勝裕の子供を産んだら次は直也の子供を産むと言って呆れる二人で映画は終わって行く。
とにかく、次はどう展開するのか面白くて仕方がない作品で、前半のさまざまな伏線を後半に生かしていきながら、三人の奇妙な関係が微笑ましくなって来る。ストーリー展開もテンポ良くて、しかも脇役の個性も生かされている上に、根っからの悪者や堅苦しいことにこだわる存在もないので、映画全体が心地よく出来上がっています。爽やかというのが当てはまるか難しいですがそんな映画だった。
「望郷」
昭和15年から終戦の20年までを駆け抜けて行く一人の少年のドラマを叙情溢れる美しい映像と淡々と流れる物語、さらに激動の歴史を交えて描いて行くのですが、エピソードの羅列の如くに前に前に進んでいくだけなので、今一つ深みや情感が湧いてこないのが残念。しかも主人公の五年間ほとんど見た目が変わらないので、時間の流れが見えてこない。松山善三の脚本ながら、普通の仕上がりの映画だった。監督は斎藤耕一。
昭和十五年、窪田商店の主人国光が帰って来るという知らせが山深い村に聞こえてきて映画は幕を開ける。店では主人を迎える段取りを確認し、操以下三人の子供や目の見えない妻けさも主人への挨拶を確かめたりする。そこへ荷車に乗せられて主人が帰って来るが、いきなり、相場に手を出し借金でこの店は潰れたと宣言する。そして、従業員になけなしの金をやって追い出し、妻は実家に、子供は親戚に預ける段取りをしてきたと言ってまたどこかへいってしまう。従業員らは店のもの持ち出し、住んでいた叔母好子もけさの娘達の着物などを持ち逃げして出ていってしまう。やがて操らは好子の家に引き取られるが、そこではろくに食事も与えられずこき使われる。
ところがしばらくして国光がやってきて子供達は引き取られる。どうやら店を始めたというが、結局博打ばかりする父は惠子を金沢に売り飛ばし、幼い次女は親戚に預け、赤ん坊は誰かわからない家にもらわれてしまう。操と国光は闇商売で警察に追われながら、鹿児島あたりまで行く。そこで国光は女郎屋で働くがまもなくして糖尿病になり好子の家に引き取られる。しかし国光は間も無くして亡くなり、父が生前言っていたプラチナの入れ歯を操が掘り出してその金で母けさに会いに行く。しかし母も死んでいた。
操は漁師や炭鉱などで働き、芸者になった惠子に会うべく金沢に行くがすでに妾になることが決まっていた。操はかつて父を運んでくれたトメを嫁にするべく鹿児島へ行くが、すでにトメは人妻だった。まもなくして終戦、操はこれからを思って映画は終わって行く。
原作そのままにエピソードを羅列した作りがちょっと薄っぺらさを感じさせるものの斎藤耕一監督の映像演出は見事で、日本の原風景が美しく切り取られている。決して駄作ではないのですが、終盤は走りすぎて行く感じで、時間の流れや時代背景の深さが今ひとつ見えてこないので主人公の物語を膨らましきれなかった気がします。でも良質の映画だった。
「PERFECT DAYS」
いい映画だった。光と影を使った美しい映像と、洒落た選曲で奏でる淡々とした物語、それなのにいつのまにか、繰り返す毎日がキラキラと輝き始めて来る展開に心があったかくなってきて、人生っていいものだなあと感慨に耽ってしまって映画は幕を閉じる。少々、映像に凝りすぎたきらいがないわけでもないけれど、映像詩のように日常を映し出した意図は見事に出ていると思います。本当にいい映画でした。 監督はヴィム・ヴェンダース
夜明け前、道路を掃いている男の姿、安アパートの一室、シンメトリーに捉えた一人の男が徐に起き、布団をたたみ、植物に水をやり、歯磨きをして、作業着を着て外に出る。空を仰いで、自動販売機で缶コーヒーを買って車に乗って出かける。車にはカセットステレオが備えられていて、心地よい洋楽が流れ始める。公園の公衆トイレに着くと男は道具を持って掃除を始める。それも異常なくらいに丁寧に。そこへ若い後輩タカシが遅れてやってくる。
掃除を終えて、神社のベンチで食事をし、持ち歩いているフィルムカメラで木を撮る。神社ではいつもOL風の女性もランチをしている。パフォーマーのような老人もいる。銭湯に一番で入り、休憩室で相撲を見て、浅草の安酒屋で酎ハイを飲んで野球中継を見る。自宅に戻り、本を読み、また眠る。淡々と繰り返される平山という男の日常から映画は幕を開ける。
タカシにはアヤという好きな女の子がいるがなかなかうまくいかない。この日彼女とデートしたいが自分のバイクが調子が悪く平山の車に三人で乗る。平山がかけるカセットを気にいるアヤは降りがけにテープを鞄に入れる。後日、アヤは平山にテープを返しに来る。そして平山のほっぺにキスをする。ささやかないいことがあった笑みを浮かべる平山。いつも掃除に行くトイレにメモが挟まっていて挟み碁が書いてある。平山が一つ記入して置いておくと次に行くと書き加えられている。最後にthank youの文字があった。
休日はコインランドリーに行き、行きつけのバーに行き、女将の歌声を聞いたりする。ある夜、自宅に戻ると姪のニコが待っていた。母親と喧嘩して家出してきたのだという。翌日、平山の仕事を手伝うニコ。間も無くしてニコの母が迎えに来る。平山はニコの母の兄らしく、どうやら大企業か何かの関係者で高級車に運転手つきの車で迎えにきた。平山には過去に何かあるらしいも詳細はわからない。
いつものように仕事に出ようとした平山にタケシから連絡が入り仕事を辞めるという。突然でタケシの分まで仕事をして疲れて帰る。タケシの耳をいつも触りに来る発達障害?らしい少年がいる。しかし、タケシがいなくなり、何処かへ走り去る。翌日、タケシの代わりの清掃員が来て平山は安心した。いつもの休日、行きつけのバーに行くと店が開いていない。しばらく待つと女将が男性と一緒に来る。中を覗いた平山は二人が抱き合っているのを見てその場をさる。
河岸で一人飲んでいるとさっきの男性が来た。女将の元夫で、がんが転移したらしい。二人は缶酎ハイを飲み影踏みなどしてふざけ合う。翌日、いつものように朝が来て、車で仕事に向かう平山。彼を正面に捉えるカメラ。平山の表情が笑顔から切ない雰囲気、悲しい雰囲気、そして笑顔と変わる様を捉える。朝日が昇る。こうして映画は終わる。
一見、同じ日を繰り返している日常だがさまざまな変化や出来事が起こっていて、人生というのは決して平凡な日々の繰り返しではなく、どこかキラキラ輝いているものだと実感してしまいます。平山が夢を見るがどれもモノクロという対比も良いです。必見の一本だったと思います。