「スケアクロウ」
名作というのはこういう映画を言うのでしょうね。いかにもな賞賛を送るのではなくて、見ているうちに、不思議なほどに好きになってしまう映画。余計なメッセージも何もなく、純粋で素直な人間の感情をストレートに感じて、感動してしまう瞬間を味わう。起承転結を徹底して描くのではなくて、語りたいもの、伝えたいものを真っ直ぐに描いていく作りに涙が出て来ます。良い映画でした。監督はジェリー・シャッツバーグ。
枯れた草原の丘から一人の男が降りてくる。これでもかと言うほどに着込んだ姿と帽子、そして大柄な体型で、道路との境目の鉄条網を四苦八苦して潜る。そんな様子を道路の片隅で見つめる小柄な男、このオープニングが実に良い。カリフォルニア、6年の懲役を終えた大柄な男マックスは、これまで貯めた金を元手にピッツバーグで洗車店をしようとしている。一方、小柄な男フランシスは、妊娠していた妻を残して身勝手に家を飛び出し、5年ぶりにデトロイトにいる妻アニーの子供にプレゼントを届けようとリボンのかかった箱にスタンドを入れて持ち歩いている。
二人はヒッチハイクの車を競って止めようとするが、結局、牛を乗せたトラックに乗ることになる。マックスはフランシスに、ライオンという名の方がいいと言い、一緒に洗車店をやろうと持ちかけ、意気投合してピッツバーグを目指すが、途中、マックスは妹コニーが住むデンバーに立ち寄る。喧嘩っ早いマックスは何かにつけてすぐ絡んだりするが、そんなマックスにライオンは、畑のカカシはカラスを笑わせることで畑を守っているのだと諭す。
デンバーについた二人はコニーに迎えられる。コニーはフレンチーと言うセクシーな女性と共同経営のリサイクルショップをしていた。マックスはフレンチーにすっかり気に入られ二人はねんごろになってしまう。四人は村のバーで大騒ぎをするが、そこでマックスは喧嘩をしてしまい、マックスとライオンは一ヶ月の刑務所農場での作業を言い渡される。
マックスは、ライオンが原因だと拗ねて話をせず、農場での古株ライリーに気に入られたライオンは楽な作業に振ってもらい、マックスは豚小屋で働くことになる。ところがライリーの目的はライオンの体だった。フェラチオを強制してくるライリーを拒否したライオンはライリーにリンチされる。その姿を見たマックスはライリーを豚小屋に行かせる。
やがて一ヶ月が終わり、二人はライオンの妻の待つデトロイトへ向かう。途中酒場で飲んでいて、あわやマックスが喧嘩を始めるかの状態になったが、ライオンがそっけない態度を取ると、マックスは、服を脱ぎ始めてふざけ始め、その場の客を笑わせる。いつのまにかマックスの心の中に何気ない余裕が生まれて来ていた。
デトロイトに着いたが、自宅を目に前にして怖気付いたライオンはまず公衆電話からアニーに電話をする。電話に出たアニーは二年前に結婚していた。アニーは傍に5歳の男の子がいたが、ライオンとの子供は流産で死んでしまったと嘘を言う。しかし、電話を切ったライオンは、子供は男の子だったと驚喜してマックスと抱き合う。そして、すでに再婚している家に行くのは良くないと、アニーに会いに行くのを辞める。ずっと持っていたプレゼントの箱を置き去りにしていくライオンの場面が上手い。
そばの噴水公園で、ライオンは、子供達とふざけ合って遊ぶ。マックスと芝居をしてみたりしてはしゃぐライオンだったが、マックスが母親の叫び声に気がつくと、ライオンが一人の男の子を抱き上げて噴水の中に入っていくところだった。慌てて子供を取り戻し母親に渡したマックスだが、ライオンの行動は異常だった。
すぐに病院へ連れていくが、病院の医師は、極度の錯乱状態だとマックスに告げる。ライオンはベッドの上で廃人のように放心状態だった。マックスは、貯めた金でライオンを治療すべくピッツバーグへ行くため空港に来る。そして、往復のチケットを買おうとするが、少しお金が足りず、靴底から紙幣を取り出して埋めてチケットを買うマックスの姿で映画は終わる。
いつもたくさん着込んで、まさにカカシの出立のマックス、喧嘩ばかりするマックスが、ライオンと出会っていつに間にかカカシになっていく寓話的な展開が素晴らしいし、クライマックスに一人芝居をするライオン=アル・パチーノの圧巻の演技に圧倒される。散りばめられる人間ドラマの機微、いつもライオンが持ち歩くプレゼントの箱などさりげない小道具、そのそれぞれに物語を忍ばせる演出にため息が出てしまいます。名作というのは本当にこういう映画を言うのでしょう。良い時間を過ごせました。