くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「関心領域」

「関心領域」

固唾を飲んで最初から最後までのめり込んでしまうほどの恐ろしい映画だった。物語の恐怖だけではなくて、映画の作りの恐ろしさも兼ねる。画面に何が映っているのか、何を写しているのか、セリフに散りばめられたものは何か、それを一つ一つ確認するのではなく映像全体の中で感じ取る。そして、これから何が起こるのかという恐怖で締めくくるラストシーンは背筋が寒くなるほどに怖い。ホラーを超えた史実としての恐怖を体験してしまいます。これが映画の最終形態かもしれません。監督はジョナサン・グレイザー

 

暗闇に聞こえる何やらの音、それが延々と続いた後、メインタイトル。そしてそのタイトルがゆっくりとフェードアウトして、のどかな河原で微笑ましいくらいに平和な家族の姿で映画は幕を開ける。ルドルフ・ヘスの家族はこの日、妻や子供たちと河原に遊びにきていた。ひとときをしごして自宅に帰る家族。車の中では兄弟喧嘩の声がさりげなく聞こえる。夜、自宅に戻った家族は普通の一夜を迎える。

 

夜が明けると、ルドルフの誕生日らしく、家族はカヌーをプレゼントする。家のすぐ隣には沢山の棟の建物が並んでいて、かなたに時折汽車の煙が流れる。建物はアウシュヴィッツ収容所である。そのすぐ隣に、収容所の司令官であるルドルフの大邸宅があった。プールがあり、温室があり、草花が咲き乱れ、飼い犬が走り回っても十分な広さと、大勢の使用人がいた。映画は、この家族の日常を淡々と描いていく。

 

近くの川にルドルフと子供達がカヌーで出かける。ルドルフは川に入って釣りをしていたが、何かが流れてきたのを見つけて慌てて子供達を川から出し、カヌーで帰路につき、家で子供たちの体を丹念に洗い流す。ルドルフは幼い娘にヘンゼルとグレーテルの話をベッドでしてやるが、そのシーンに被って、深夜、蛍光で光るようなモノクロ映像で一人の少女が袋に詰めたリンゴらしきものを土のようなところに埋めている。後に、このリンゴを何かの穴に放り込み、翌朝、収容所内で何かのトラブルが起こった声がし、ルドルフの息子が、しなければ良かったのにと呟いたりする。

 

リンゴを撒いていた少女は深夜ルドルフの家に帰ってくるところから、おそらく使用人の一人なのだろう。しかもユダヤ人らしい。深夜、ユダヤ語のお祈りが聞こえる下りなどもある。

 

この邸宅にルドルフの妻が実家の母を住まわせるようにするが、母は、外で日光浴をしていて突然咳き込み、慌てて家の中に入る。塀の向こうでは何やら煙が上がっている。間も無くして、母は娘に書き置きをして忽然と姿を消してしまう。そんな頃、ルドルフに栄転の話がくる。妻は、こののどかで大きな家は幼い頃から描いていた夢の実現だからとルドルフと一緒に行くのを拒否、自分たちはこのままここに住めるようにヒトラーに嘆願してほしいとさえ言う。

 

収容所を統括する役職に昇進したルドルフは職務に励み、やがてヒムラーから、ハンガリーから大量のユダヤ人を輸送するにあたり、ルドルフを再度アウシュヴィッツに転任させることになると告げられる。ヒムラーはルドルフが部屋を出た後副官に、「まさか全員を殺す事はないだろう」と呟く。ルドルフは嬉々として妻にその報告をし、「ヘス作戦」と名付けられたと自慢し、「君もヘスだ」と妻に話す。

 

歓迎のパーティが行われるが、ルドルフはそのパーティ会場を見下ろすところから、ここの人間全員を抹殺する方法を考えたりすると心の中で呟く。そしてゆっくりと階段を降りていくが、途中で嘔吐を繰り返す。ふと暗闇の彼方を見ると、穴の向こう、カメラは現代のアウシュヴィッツの資料館の中、清掃をする職員の姿、展示されている様々な物が写し出される。

 

カメラが再びルドルフの元に戻り、ゆっくりと暗闇の中に消えて暗転、暗闇の中、効果音のような音楽が流れ映画は終わる。これから起こることの恐ろしさが一気に襲いかかってくる暗転後の暗闇が見ている私たちを叩きのめしてくれます。

 

これから起こることを描かず、その前段階を徹底的な静の映像で淡々と語る筆致の凄さに圧倒されてしまいます。決してドラマティックな物語は一切出てこないのに、この恐怖は何だろうと思うと、映像表現の底知れない奥の深さを実感します。圧巻の一本だった。