くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「不惑のアダージョ」

不惑のアダージョ

非常に小振りな作品ですが、なかなかの秀作でした。映像にリズムを作り出すということの意味が理解できている監督さんだと思います。一見、シリアスな内容なのに躍動、感あふれる画面がスクリーンに展開する。それは単なる映像面のみならず主人公の心の躍動感さえも生み出していく。

冒頭で描かれる些細なエピソードやカットがどんどん膨らんでいって物語を形成していく様が絶妙に美しい。
デジタルカメラの特性を知り尽くしたカメラによるイチョウのまっ黄色な画面も実に美しい。確かにフィルム全盛時代ならネストール・アルメンドロスが「クレイマー・クレイマー」で試みたような見事な秋の景色も作れたかもしれないが、それであっても今回の映画のデジタルカメラの映像は美しい。

教会のオルガンの鍵盤のアップから映画が始まる。賛美歌を引くシスターは淡々と日常的にキーを打っている。
歌が終わり、百合の花の雄しべをつみ取るシスター。そこへ頼みごとをしにくる婦人や妙に話しかけにくるおっさんんどにうんざりしている様子がその表情からに地味でてくるいる。

年齢的に更年期なのか最近調子が悪いシスターはとかくいらいらし、時々ふっと公園で倒れたりするシーンも挿入される。彼女の人生の秋を象徴するようなイチョウのまっ黄色な背景でまっすぐこちらに歩いてくるシスターのショットはある意味非常に意味深でもある。

神父からは村岡という男に手紙を届けてくれと頼まれ、その家に行くが、村岡は全く相手にしない。その態度にうんざりするシスター。

ある日、バレエ教室の臨時のピアノ演奏をお願いされ、引き受けることにしたシスターがキーボードをかかえて何度も持ち直しながらよたよた歩く後ろ姿がかわいらしいくらいに愛らしい。

そこで、気持ちを入れて弾いてみてと若い男性のバレエ教師に言われ、家で軽やかに弾いて、颯爽と自転車で飛び出す。曲名がわからないが、軽快なピアノ曲が実に楽しく、それに乗るシスターの自転車が本当に生き生きしているのである。背後に大勢の自転車が群がってくるシーンはわくわくするほどにスペクタクルなのだ。

こうして、次第に生き方を見直し始めたシスターの心はどんどん晴れやかになり前向きになっていく。手紙の件も今まで外から声をかけていたのを中に入り、村岡の前で読んでいかせる。その態度に男の手がふと止まるシーンもどこか感動的でさえある。

バレエ教室の伴奏者が正式に決まり、シスターがお払い箱になることが決まる。ふと立ち寄ったバレエ教室をのぞくと練習をするバレエ教師。その場にピアノを弾き始めるシスター。その曲にあわせて踊り出す教師。このシーンもあまた大変に美しいのだ。そして、シスターは別れ際に手を握ってほしいと頼む。シスターはこの先生に恋をしたのだろうか。

村岡の母が死に、村岡は町で見かけたシスターに声をかける。夜のトンネルの脇にしゃがんでシスターはアコーデオンを弾く。きまじめな曲から演歌調の曲を弾き、村岡が手拍子をするシーンも見事である。雨がアスファルトに落ちるショットが本当に美しく、これもデジタルカメラならではのシャープさがその効果を倍増させます。

感極まった村岡は思わずシスターに抱きつく。そしてシスターの処女を奪ってしまう。

シスターは以前のように常に僧服を着るのではなく私服のシーンが増えていく。初潮を迎えた少女に赤飯を炊いてやったりする。女としての経験がシスターの心をどこか豊かにしたかのようである。

村岡が謝りに来るが、あれは自分が望んだことだと追い返すシスター。

一通の手紙を開いている。そこにある赤ん坊の写真。どうやら自分の子供時代らしい。初潮を迎えたお祝いの日の母の声が聞こえる。「大人になったお祝いだから、これからお母さんになれるんだよ」と。その声を聞きながら涙があふれてくるシスター。なぜ彼女がシスターになったかはわからない。しかし、ここでその理由は必要ない。

この作品の最大のすばらしさが必要以上の説明がほとんどないことだ。極力削除し描きたい物語に集中させている。一つのシーン描いて暗転させ真っ暗な画面の後に次のシーンが展開する。公園で倒れたシスターを介抱するシーンもない。この脚本のすばらしさは省略の芸術とよばれた成瀬巳喜男監督を思い出させるのだ。全くこの井上都紀監督の才能は尋常ではにかもしれません。

そして画面は冒頭と同じくシスターがオルガンを弾き賛美歌を歌う人々のショット。暗転エンディング、そして、最後に雄しべに囲まれた百合の花のアップで終わる。

無味乾燥な毎日を送る一人のシスターが更年期を迎え揺らぐ心のより所が見えてもう一度生きることになる。この展開が胸を打つほどに美しい。

映画作るための基本中の基本が徹底的に詰め込まれた秀作であったと思います。これが映画の作り方なのです。