くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「三日月とネコ」「劇場版おいしい給食 Road to イカメシ」

「三日月とネコ」

もっと薄っぺらな癒し系の映画かと思っていたら、中盤からあと、どんどん色々考えさせられるほどに深みが加わってくる展開で、いつのまにか、自身を見つめ直している自分を感じてしまいました。映像的な面白さはないのですが、淡々と語られる物語の中に、常識的なものを微かに壊していく心地よい空気感が漂ってきて、自分の今の姿が次第に癒されていくのを実感しました。原作がいいのでしょう、そして脚本も的を射た作りになっているのかなと思いました。監督は上村奈帆。「市子」の脚本を書いた人です。

 

書店員で20年過ごしている45歳独身の灯の姿から映画は幕を開けます。彼女が書いたおすすめのテロップを読んだ女学生が本を買っていくのを自然なことのように見つめる灯。家に戻ると年老いた飼い猫が待っている。ところが食事を始めた途端、地震が襲ってきてそのまま停電、不安なまま、猫を連れてマンションの空き地に出て来る。

 

そこへ、同じく猫を連れた精神科医鹿乃子が声をかけて来る。二人が話していると、アパレル店の店員をしている仁という青年も近づいて来る。彼も猫が大好きで、つい灯と鹿乃子のところにやってきたのだ。停電が回復したが、鹿乃子は、よかったら自分の部屋に来ないかと灯と仁を誘う。鹿乃子の猫はミカヅキという名だった。二匹の猫と三人が余震を経験しながらしばらく過ごす。そして二年が経つ。

 

三人はあれ以来一緒に暮らしていた。灯の飼い猫はすでに亡くなっている。イッセイというハンドルネームの料理サイトを参考に灯が作る料理は絶品で、三人は心地よい時間を過ごしていた。灯の妹は結婚して子供もでき、時々姉の灯に連絡してきたりする。そんな妹の姿を見て灯は自身の不安を感じたりもした。

 

そんな時、灯は料理を巧みに挿入した物語で人気の小説家で人気の網田すみ江のサイン会を企画することになり、すみ江のファンでもあった鹿乃子も招待する。そのイベントの場で、すみ江の編集者長浜一生と出会う。実は灯がいつも見ていた料理サイトの運営者が長浜だったことから二人は急速に親しくなる。そしてイベントの後の食事会で長浜は灯をデートに誘う。その頃、仁は店にきたつぐみという女性に一目惚れしデートを繰り返していた。つぐみが保護猫のボランティアをしていた事もあり、三人は新たに二匹の猫を飼い始める。

 

仁は、なぜかいまひとつつぐみが気持ちを許してくれないような気がしていた。灯と長浜の交際は順調に進み、長浜は両親の実家に灯を呼ぶことになる。すみ江は三人を東京へ呼ぶのだが、仁は仕事、灯は長浜の家に行く予定があり、鹿乃子は一人ですみ江の元へ向かう。いつのまにか鹿乃子は一抹の寂しさを感じ始めていた。

 

一方、仁もつぐみに、自分は人を好きになるという感情が生まれないのだと告白される。まもなくして長浜は灯にプロポーズする。鹿乃子の部屋で、灯はこの家を出ることになるのを告白、仁もつぐみに振られた事もあり大阪への研修でこの地を離れると言う。そこで、三人の生活のお別れ会をしようと、一軒のコテージを借り切ってつぐみ、すみ江らも呼んでパーティをする。このパーティでつぐみは自身の両親のせいもあって、こんな楽しい一時が訪れる事に涙ぐんでしまう。パーティの夜、すみ江は灯に、選択肢は一つだけではないとアドバイスする。実は灯は鹿乃子の部屋を去ることに迷いがあった。翌朝、灯は長浜に何かを告げる。

 

鹿乃子の部屋で、灯はここでの三人の生活を離れたくないと鹿乃子に告白、仁も大阪から戻ったらまたいっしょに生活する事を決めて別れる。一年後、仁が大阪から帰ってきた。お別れパーティをしたコテージにつぐみや長浜、すみ江も集まる。こうして映画は幕を閉じる。

 

決して人生の選択肢は一つではないし、誰もがどこかで孤独を感じている。そんなさりげない不安をじわじわと表現していく展開がとっても気持ちよくて、沈んだ気持ちが癒やされているのを実感するような映画だった。仁の元パートナーの男性や、ちょっとした脇役をもう少し丁寧に使えばさらに奥の深いいい映画になったかもしれません。でも好きな映画です。

 

「劇場版おいしい給食 Road to イカメシ」

マンガチックな演出とコミカルな展開のたわいのないコメディなのですが、シンプルなメッセージに思わず納得してしまう瞬間があって、それでいて素朴な人間同士の心の機微が見え隠れするストーリーに、微笑ましくも涙ぐんで感動してしまう。出来の良し悪しを論ずるのではなく、素直に映画から何かを得てほしい、そんな映画だった。監督は綾部真弥

 

1989年函館、新たにこの地の忍川中学に赴任してきた甘利田幸男先生の姿から映画は幕を開ける。彼は給食が人生で最大の喜びと感じている人物で、早速出された給食に大袈裟なアクションで口に運んでいこうとする。しかし、この教室には彼のライバル的存在の粒来ケンがいた。この日も給食で粒来に自分以上の工夫で食され悔しい思いをしていた。この教室の副担任の比留川愛は甘利田先生に憧れを抱き、熱い視線を送っていた。

 

そんな学校に次期町長選に出馬する等々力が、選挙アピールのため、給食完食モデル校に忍川中学を選定し、今まで和気あいあいととグループで楽しんでいた給食を、机はそのままに授業のように黙って食すようにと口出しして来る。さらに甘利田先生らを会食に誘ったりする。給食のやり方の変更で、当然、生徒たちは精彩を欠いてしまうが、甘利田先生らにはどうする事もできなかった。やがて学芸会が迫り、甘利田先生の台本による劇の稽古も佳境に入ってきた。

 

等々力は、生徒たちと一緒に給食を食べ、テレビの取材を巻き込んで、自身のアピールをしようとする。そこに、昭和初期の給食メニューを取り入れてきたので、甘利田先生も生徒たちも唖然とする。甘利田先生は力づくで完食したが、粒来は、工夫をした上で、みんなでグループで食べようと宣言、等々力の反対を押し切って机を並べ替える。それを阻止しようとした等々力に、甘利田先生は、嫌いなものを無理やり食べさせるのが豊かさではないと反論して、食の進まない等々力にも無理やり給食を食べさせる。

 

学芸会の日、校長は等々力を招待し、甘利田が作ったお芝居を観劇させる。給食での出来事や、お芝居を見る中で何かが変わった等々力は、反省して、楽しく毎日を送ることの大切さを取材人の前で宣言する。やがて終業式の日、甘利田先生が待ちに待ったイカメシが給食に出る。粒来は例によって工夫した食べ方をするが、甘利田先生は粒来を敵視するのではなく、友情として捉えるようになっていた。

 

終業式の会場で、突然比留川先生が沖縄に転任すると発表される。職員室で、比留川先生は甘利田先生に、先生のおかげで今回の決断ができたと言い、甘利田先生も比留川先生を快く送り出す。甘利田先生に、中学校の同窓会の知らせが来ていたが、一旦は会場へ出かけたものの、黙って帰りかける。そこへ、かつての給食ライバルの生徒が待っていて、再会を楽しみにしていると告げる。

 

二年生の始業式の朝、甘利田先生は登校途中でローラースケートを履く粒来に会い、粒来にローラースケートを貸してもらってふざける姿で映画は終わる。

 

本当にたわいのないドタバタコメディなのですが、給食、さらに食べると言うこと、さらに人それぞれの好き嫌いについてまで掘り下げていく作劇の面白さはなかなかのもので、テレビレベルと言えばそれまでながら、心に残る何かを感じられたいい映画だった。。