「恋するオペラ」
ブリジット・バルドーレトロスペクティブの一本で、彼女の初期の映画。たわいない恋愛ストーリーで、学校の先生に憧れる女学生の恋に翻弄される姿を淡々と映画いていく作品で、脚本にロジェ・ヴァディムが参加している。監督はマルク・アレグレ。
ウィーンの音楽舞踏学校、ソフィーと姉のエリスは、中年だがハンサムなヴァルターという教師に憧れている様子から映画は幕を開ける。この日、勝気な妹にレオタードを持っていかれ、バレエのレッスンに出れないエリス。それでも二人は日々恋の話に盛り上がっていた。テノール歌手でもあるヴァルターは、女好きで、妻マリーは歌手として成功し、次第に彼の元を離れていくがヴァルターは今もマリーを愛し、それでも女学生のへの恋を求めるというプレイボーイだった。
ソフィーは積極的にアプローチしてヴァルターと恋人同士になるが、ヴァルターはエリスにも愛の言葉を囁いたりし、エリスは影ながらヴァルターを慕う日々が続く。まもなくしてエリスの母が亡くなる。そんなエリスに、ヴァルターの伴奏者であるクレマンは、あまり深入りしないように忠告する。ヴァルターは時にマリーの部屋に閉じ籠り、思い出の時間を大切にし続けるが、そんなヴァルターにソフィーは温室で裸で戯れるという暴挙に出て、ついにヴァルターはソフィと同棲を始める。しかし、エリスは密かにヴァルターへのラブレターを綴っていた。
そんな頃、マリーは咽頭結核になり歌手生命をたたれてしまう。マリーがヴァルターの元へ帰ってきたため、ソフィーはふられ、出ていかざるを得なくなる。落ち込むソフィだが、年次末のステージでの役を手に入れる。一方、エリスはヴァルターへの失恋から自殺を覚悟する。やがて年次末の舞台、マリーとヴァルターが客席で見る中、ソフィーはステージで絶唱、エリスは桟敷席で自殺を覚悟するがクレマンが駆けつけてエリスを思いとどまらせる。ソフィーとエリスは仲直りをし、新たな人生に向かっていく姿で映画は幕を閉じる。
これという秀逸な作品ではないのですが、シンプルな展開に、思春期の女心を匂わせていく物語は、これはこれでよくまとめられていると思います。まだまだブリジット・バルドーのコケティッシュな魅力は表立っていないものの、楽しい作品だった。
「この神聖なお転婆娘」
お色気満載のラブコメディという感じのとっても楽しい映画で、コケティッシュでキュートなブリジット・バルドーの魅力が爆発する素敵な映画だった。クライマックスの、バルドーがボールのようにあちこちに投げられるドタバタ劇がとにかく楽しくて、このシーンを見るだけでも値打ちのある一本でした。監督はミッシェル・ポワロン。デビュー作である。
レストランミシシッピーのステージでのダンスシーンから映画は幕を開ける。客の一人がドルで支払うということで店長のルイが対応する。しかし実は、釣りを偽のドルで支払って私服をこやしていた悪者ミロールという裏の顔を持つ人物だった。この件で警察はミシシッピーのオーナーラトゥールを逮捕しようとするが、住まいも不明の謎の人物で困ってしまう。ラトゥールはショービジネスの世界に愛娘ブリジットを近づけないために架空の仕事をでっち上げ、身を隠していた。この日も、娘に車を運転させて寄宿学校へ向かう。
警察がラトゥール逮捕に動いているらしいと聞いたミシシッピーの歌手のジャンは、ラトゥールに連絡、ラトゥールは正体がバレないようにブリジットをスイスに逃すようにと指示する。ジャンは大学教授のリリと婚約していたが、ラトゥールの命令でブリジットを寄宿学校まで迎えにいく。そこへ警察が駆けつけるがジャンは巧みに警察をまいて自宅にブリジットを連れ帰る。
自宅では執事がいたが、妹だと嘘をついて匿うが、自由奔放なブリジットはジャンたちを手玉にとっていく。セクシーな出立ちで好き放題に振る舞うブリジットの姿がまず可愛い。しかし、身の危険を感じたミロールらはラトゥールの娘ブリジットの存在を知り、彼女を拉致しようとせまってくる。さらに、ジャンとブリジットの関係を疑ったリリもこのドタバタに参戦してくる。その頃、警察はついにラトゥールの娘ブリジットの顔を見つけ出し、ジャンの家で見かけたことに気がついた刑事はジャンの家に行くが、ブリジットはその場を逃れ、ジャンが歌うミシシッピーへ向かう。
ミシシッピーではジャンのステージが始まっていたが、危険を知らせるためにブリジットもステージへ。そこへミロールら悪者も襲い掛かり、ブリジットのピンチとジャンの執事も友達を連れて駆けつけ大乱闘、リリも巻き込まれてあれよあれよとコミカルなバトルシーンが展開する。ようやく警察が駆けつけ、ことの真相を知り、リリのジャンへの疑念も解決、時が立ってジャンとリリの間に赤ん坊も生まれ、赤ん坊の面倒を見るブリジットの姿で映画は終わる。部屋では、かつてブリジットがジャンの部屋でアイロンを焦がしてボヤになったトラブルが再現されてエンディング。
とにかく終始微笑ましくて楽しいし、お色気もサスペンスもお笑いもラブストーリーも何もかもてんこ盛りで展開するし、ブリジット・バルドーが華奢で可愛らしく飛び回る様にどんどん釘付けになってしまいます。とっても素敵な時間を過ごすことができました。これが娯楽としての映画ですね。
「ヒットマン」
実話を元に話を膨らませてフィクションを構築した感じの作品というのが、ちょっとあざとく見えてしまい、面白い話なのだが、やや現実味を逸脱した感が見えすぎた作品に仕上がっていた気がします。前半はなかなか面白いのですが、終盤の締めくくりがかなり走り抜けた感があり、エピローグの面白さもあっさりにしか見えなかった。監督はリチャード・リンクレイター。
殺人を殺し屋に依頼してくる人物を、未遂犯として逮捕する囮捜査をしている現場から映画は幕を開ける。車で技術スタッフとしてアドバイスしているのは、大学教授で哲学と心理学を教えるゲイリーだった。ところがそこへ、常に囮捜査をしている警官ジャスパーが、暴力事件を起こし急遽120日の停職処分になった連絡が入る。そこで急遽、その場にいたゲイリーが代役をするのだが、あまりに見事にやり抜いたために、その後も囮捜査の仕事を続けることになる。
ゲイリーは別の姿や人格になりきる才能があったのか、次々と殺し屋を演じて警察に協力を続けることになる。ある日、いつものように依頼人と会ったゲイリーだが、依頼人のマディソンが、夫を殺して欲しいと言ってきたことから、つい手を差し伸べ、金を返して自立するように促してしまう。それをきっかけに、殺し屋ロンとしてマディソンと交際をするようになったゲイリーは次第に普通の恋愛関係になっていく。
ある夜、ダンスホールを出た二人は、たまたまマディソンの夫レイと出会ってしまう。執拗に絡んでくるレイにゲイリーはピストルを向けて追い払い、ゲイリーとマディソンはますます親密になるが、二人でデートしている時にジャスパーに出会ってしまう。ジャスパーは停職期間が過ぎたが、警察内部では、ゲイリーがあまりに見事なので、このままゲイリーに囮捜査を続けさせることになる。それが気に入らないジャスパーは何かにつけてゲイリーに絡み始める。
ゲイリーは、ある日、レイから妻の殺害を依頼され、待ち合わせの現場に行くが、そこでマディソンとロンを殺して欲しいと依頼されたことから、素顔を明かしてしまう。ゲイリーはレイからマディソンの殺害を依頼されたとマディソンに話すが、しばらくしてレイが銃で撃たれて殺されてしまう。警察は麻薬絡みの事件だと捜査を進めるが、ゲイリーはマディソンの家に行き、マディソンにレイを撃ち殺したと告白される。
警察署に戻ったゲイリーだが、マディソンがレイに保険金をかけていたことからマディソンを容疑者と考え、マディソンと親しいゲイリーに、マディソンに近づき、自白の声を手に入れるように依頼する。ゲイリーは、マディソンの家に行き、警察に聞かれているからと携帯のメッセージを見せながら芝居をさせて、マディソンが無実であるように見せかける。一緒に行ったジャスパーもマディソンの無実を信じることになる。
一段落したと思ったゲイリーが再度マディソンの家に行くと、ジャスパーが来ていた。そして、芝居をしたことを黙ってる代わりに保険金の金を要求してくる。ところが、酒に薬が混ぜられていて、まもなくしてジャスパーはその場に崩れ落ちる。ゲイリーは、警察でも嫌われている男でもあり、殺すしかないとビニール袋をジャスパーの顔に被せる。
時が経って、ゲイリーとマディソンは結婚し、娘も息子も生まれている。娘が両親の出会いを聞いてきたので、マディソンがゲイリーに殺しを依頼した時の合言葉を交わして映画は終わる。
終盤までなかなか面白いのですが、さすがに、あまりにリアリティを無視したラストは、結局ここまで組み立てたストーリー展開を曖昧なものにしてしまった気がします。ジャスパーの悪役ぶりをもう少し描き切ったら面白くなったかもしれないが普通にしか見えない。あまり深く考えず単純にどんでん返しを楽しめばいいのでしょうが、ちょっとそこが気になってしまう映画だった。