「ミッション:インポッシブル フォールアウト」
完全にアクション映画に成り下がってしまって、ラストの鮮やかさなどというのは全くなくなってしまったが、アクションに徹した今回の映画づくりは評価できるレベルでした。二時間半近くあるのに全然飽きないし、前半の擬闘シーンのアクションはかなり凝っていて美しい。それより圧巻はクライマックスのロケ地の素晴らしさである。全体に言えるのですが、どの場面をとにかく美しいロケーションで、ラストに至っては下手な風景ドキュメントを見るより素晴らしかった。監督はクリストファー・マッカリー。
イーサンたちのチームがプルトニウムを奪還するミッションに失敗する場面から映画が始まる。いかにもお粗末な脚本だと思うのですが、それはさておき、どうやら盗んだのはアポストルという組織らしく、ジョン・ラークという男が関与していて、彼に接触してくるというホワイト・ウィドウに近づくべくイーサンたちは作戦を開始する。
しかし、イーサンの動きを不審に思うCIAが監視役としてウォーカーなる調査員を同行させ、物語は二転三転の丁々発止の謀略戦に流れていくが、とにかく追っかけっこの連続で、そればかりが見せ場のように見えてしまうし、ホワイト・ウィドウの神秘性も最初のチラッとだけで後はほとんど脚本のおもてに出てこないし、結局、テロリストのソロモン・レーンの計画が後半のメインになり、彼が二つのプルトニウムを使って、核爆発させる計画が見えて来てそれを阻止するミッションがクライマックスになる。
ヘリコプター二機が美しい山間の山岳地帯を駆け抜けながらのクライマックスは、とにかく景色が美しいし、その景色をバックに飛び回るヘリの画面も映画的に抜群の効果を生んでいます。娯楽映画の画面はこうやるんだと言わんばかりの映像に息を呑みます。しかもお金がかかってるのが見え見え。
最後は当然ながらハッピーエンドですが、イーサンたちに迫る悪役たちのキャラがやや弱いし描き切れていない上に、イーサンに絡む女性たちの描写もアクション優先の絵作りのためおざなりになっている。結局、見せ場をとにかく見せるという徹底した映画作りで、それはそれでいいのかもしれないし、退屈する瞬間は一度もなかったからいいとしましょう。でもオーソドックスなミッション:インポッシブルもみたいですね。
「夏の夜は三たび微笑む」
イングマール・ベルイマン監督の傑作コメディ。以前見たときのシーンはところどころ覚えていたが、ロマンティックコメディという空気感の完成度はわかるものの、やはりまだまだ真価を理解するには感性が足りないことを実感。
若い妻と結婚した主人公のフレデリックは、今だにかつての恋人で今や舞台女優のデジレのことを忘れられず、昼寝の時につい妻とともにいるベッドでデジレの名前を言ってしまったりする。
この日、舞台を観に行ったフレデリックだが、妻のアンが気分が悪いと途中で帰ってくる。アンは、夫がつい口走ったデジレを見て気分を害したのだ。しかもアンは未だに処女であった。フレデリックには先妻との間にヘンリックという息子がいて、丁度アンとお似合いの年齢の若者である。ヘンリックはアンのことを愛していた。
フレデリックは一旦家に戻るが、妻が寝てからデジレに会いにいく。
フレデリックとデジレ、アンとヘンリックの恋物語に伯爵夫人や使用人の女の自由奔放な恋愛が絡んで来て、どこかほのぼのしたラブストーリーが展開していく。
デジレの母の別荘に呼ばれたフレデリックたちは、そこで伯爵夫人夫婦とも一緒になる。伯爵夫人はデジレと結託し、ヘンリックとアンの恋を成就させ、伯爵夫人は夫を自分の元にひれ伏せさせ、フレデリックとデジレの恋を成就させる計画を練る。
そして巧みにアンとヘンリックを結びつけ馬車で駆け落ちさせ、伯爵夫人は夫とフレデリックをロシアンルーレットで決闘するように仕向けた末に、まんまと遊び半分のルーレットで決着をつけた夫を自分の元にひれ伏させる。
一方デジレもフレデリックと仲を取り戻す。
使用人の女と男に陽気な恋の馴れ初めの話の中で、夏の夜に起こる恋の微笑みは三度あるという例え話をして映画がエンディングとなる。
最後の二人のカットに風車が大きく回転する画面が実に印象的なラストシーンで、こういう締めくくり方に才能を感じさせられてしまいます。完成された傑作ですが、芸術的なクオリティがある作品で、これぞベルイマンの世界と呼べる一本ですね。