くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「エミリー・ローズ」

エミリー・ローズ

実話をもとにした悪魔払いに関する映画なんて言うキャッチフレーズであったが、こうなると誰もがあのオカルト映画の名作「エクソシスト」を思い出さずにはいられないし、当然、比較もされるだろう。当初の宣伝フィルムもそんな点を明らかに意識した作りになっていた。

でも、公開が近づくにつれて上映された宣伝フィルムのあるワンシーンを見て、私はこの映画は良い映画なのではないかという予感がしたのです。そのシーンとは、ムーア神父役のトム・ウィルキンソンがふっとこちらを振り返る場面である。

この俳優さん、「エターナルサンシャイン」や「バットマンビギンズ」にもでているが、今回のこの「エミリー・ローズ」では本当に作品の品位を引き上げる役割を演じています。
このワンシーンで、密かに期待した「エミリー・ローズ」、でも実はどこか「エクソシスト」的なホラーも期待していたのです。したがって、グロ映画かもしれないと高をくくりながら見に行った。

この作品、本当にまじめな、しかもまっすぐに作られている。どちらかというときまじめすぎるくらいに欲のない作り方である。佳作という表現がぴったりの良い映画でした。
この手の作品に取りかかる人は誰でも、というかこの映画の監督スコット・デリクソンのようにこれから売り出していこうとしている人にとっては、思い切りホラーの常道をまっしぐらに突っ走って、大ヒットさせようとするのが当たり前である。「エクソシスト」の向こうを張って傑作ホラーを作ろうとするのが人情であると思うのに、この「エミリー・ローズ」はどうだ。全くそんなぎらぎらした欲が見えてこないのだ。

冒頭シーン、回りに一軒も家のない片田舎の寂れた一軒家。寂れたと言うよりどこか不気味なくらいにすさんでいる家である。そこへ一人の検死官がやってくるところから物語は幕を開く。観客はこの映画の主人公エミリー・ローズジェニファー・カーペンター)が死んだことを知る。当然物語はさかのぼって、彼女がどんな死に方をしたのか。いかなる恐ろしい出来事の末に死んだのかがホラー映画のおきまりシーンを交えて描かれるものと期待するのだが、物語は悪魔払いをした神父が警察に連れて行かれ法廷での争いのシーンへとつながっていくところから、意外な展開に驚くのである。

しかし、法廷劇が続くと言っても、そこに背後に迫る闇の力の存在が見え隠れするのだから、このあたりが非常に怖い。
ムーア神父の弁護を引き受けることにした女弁護人エリン・ブルナー(ローラ・リニー)が夜ベッドに入っていると午前三時のところで時計が止まる。悪魔から挑戦が始まったのだが、ここではこのワンカットのみである。

法廷が進むにつれ、夜中に何者かがエリンの回りに現れるのだが、結局姿は見えず、観客はそこに悪魔の存在を見る。このシーンは回想場面の中でエミリー・ローズが体験する、きな臭い臭い、廊下の先に見えるような影などと重ねられ、ムーア神父も体験するなど繰り返し登場するシーンなのだが、そこには一般のホラー映画にでてくるような派手な音によるショッキングシーンや、刃物が飛んできたりするような当然のシーンは全くなく、じわじわっとひたすら迫ってくる静寂や外のかすかな音が、観客に息をのませてしまう。

結局、何事もなくベッドにはいるのだが、私は何とも言われない怖さに襲われてしまった。

弁護人や神父は何事もなくベッドに入って朝を迎えるのだが、回想の中でのエミリー・ローズはベッドの中で信じられないような力に押さえつけられたり、不自然な向きに体をねじ曲げられたりして絶叫をあげる場面へと続く。

ほとんどが法廷場面と、ムーア神父の無罪を勝ち取ろうとする弁護人、有罪にしようとする検察官の攻防なのだが、その合間合間に挿入される事件の回想場面が本当にリアルに怖いのである。エミリー・ローズが、悪く言うと「エクソシスト」のリーガンよろしくのたうち回ったり、ののしったりするシーンもたくさんでてくるのだが、絶妙の長さでカットされて法廷シーン、つまり現代に時間が飛ぶのである。

私は、この見事なシーンの繰り返し、そして徐々に心が動いていく弁護士の表情、陪審員たちの無表情な中にじっと真相を見つけようとする姿が何ともリアルで、エミリー・ローズに起こった異常な出来事がさらにリアルさを増して、一時も目を離せませんでした。

クライマックスは粋な判決結果になるのですが、さりげなく流して、物語の本当に訴えたいものへと静かにシーンは展開してエンディングを迎えるのです。そして、何とも言われない怖さと、何か考えさせられるものを心に残して、私は劇場をでました。良い映画でした。佳作でした。