くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「ロンドン・ブルバード」「無言歌」

ロンドン・ブルバード

ロンドン・ブルバード
あまり期待もしていなかったのですが、思いの外よかった。カメラがとっても良い。さりげなく俯瞰でとらえるイギリスの風景やストレートにとらえる人物のカットのつなぎのうつくしさ。主人公ミッチェルの行く先々にさりげなく使われるシャーロットのポスターの配置。特に奇抜なアングルや構図は使わないけれども、さりげない自然なようで実は非常にスタイリッシュでスリングでスピーディであったりする。この絶妙のバランスが見事でした。

画面の中央に横長の画面で主人公ハル・ミッチェルが刑務所で横になっているショット。被さるメインタイトル、モダンな音楽の挿入。こうして始まるこの映画、実に小気味よいスタートである。

かつては腕のあるギャングであったらしいそぶりの主人公は出所してからもどことなく胡散臭い人たちが近づいてくる。ほんのわずかに鋭いパンチのシーンなどを挿入してミッチェルのキャラクターを演出する。しかも普通のスーツなのにどこかおしゃれでさりげない着こなしが実にクール。このどきどきと細かいディテールへのこだわりがたまらなく全体にスパイシーである。

友人のジョーという老人が浮浪者になっている姿を見てなにかと助けてやるがある日ジョーは若者にホームレス狩りで殺されてしまう。その若者を見つけだしたものの撃ち殺す寸前でためらって逃がしてしまうミッチェルの姿に、かつての自分を見たのか、それとも・・という微妙な人間性を演出するショットがたまらない。

やがて一人のトップ女優シャーロットのボディガードをつとめるようになる。一方で彼を仲間に入れようと執拗に近づいてくる裏社会のボス、ギャントの存在が大きくなり、ミッチェルの周辺に危険がじわじわと迫ってくる展開が実に不気味。古きフィルムノワールの世界を彷彿とさせるムードが今風の映像の中で開花していく。

そして、なるべくしてシャーロットとミッチェルは愛し合い始め、いままででパパラッチをおそれ自閉症気味だった彼女はミッチェルのすすめもありロサンゼルスでの仕事を受ける。一方のミッチェルはギャントを始末して自分も彼女を追うために家を出たところで、かつてジョーを殺した若者にナイフで刺され死んでしまう。

シャーロットと暮らしていたハウスマネージャーの男ジョーダンがピストルを手にベンチに座っていると向こうから二人の若者が、そして暗転、ピストルの音がしてエンドタイトルにある。

現代的な映像ではあるが、フィルムノワールのムードがむんむんしたストーリー展開が何ともロマンティックでさえある。ただキーラ・ナイトレイ扮するシャーロットのキャラクターをもう少し際だたせたらもっと見事な映画に仕上がったのではないかと思うし、いつも彼女の邸宅の前でほかのパパラッチと少し違うイメージで立っているカメラを持った男の効果がもう一つ生きていなかったのは残念でした。

とはいえ、全体に映画としてまとまっていたし、画面作りがとってもモダンでスタイリッシュなので予想以上に良い映画だった気がします。やはりウィリアム・モナハン監督は演出においてもなかなかの才能があるということでしょうか。

「無言歌」
毛沢東による革命の後、一時は自由を謳歌した中国で一転して右派として責められた人々が味わった悲惨な時代を描いた中国映画の期待作である。監督はその手腕を認められながら日本初公開のワン・ピンです。

たしかに、物語はしんどいです。1960年という時代背景を説明するテロップの後、右派とされた人々が荒れた農地を開拓するために労働を強制されるシーンが続く。その収容所は地下に掘った地下豪のようなところで、日々の食事も満足にならず、とうとう、ある日労働よりも食べ物を探せと命じられる始末。

やがて、人の吐いたものまで食べるシーンや死人を食べたというエピソードまで登場、飢餓は極限になり一人また一人と死んでいく。

手前から奥にとらえる地下豪の中の縦の奥行きのあるシーンと地平線をど真ん中にとらえ、かなり低い位置から横のライティングをかけた長い影をとらえた真横のシーンを繰り返すワン・ピンの映像演出はすばらしく美しい。

時に荒れた地に捨てられる死体の姿が砂と風に埋もれているショットを挿入したりする乾いた画面がどうしようもない物語の現実をとらえていく。

ある日、一人の男の妻がやってきて夫の死体を探し始めるエピソード、そして逃亡する人のエピソードなども語られ、中央政府がこれ以上の死人を避けるために一時帰郷させることになる展開へとすすみとようやく物語として終盤に近づく。
班長であった陳が上役に認められ残ってほしいと言われて一人また地下豪に横たわるシーンで映画は終わります。

残虐な殺戮シーンもなく、飢餓の中で次第に死んでいく人々の姿を淡々ととらえているので、どこかドキュメント風でもあり、ストレートにこの時代を描いたリアリティはすばらしいです。まさしく1960年の中国の現実を映像で語った作品なので、その意味でどこか詩的でさえある。

とはいっても、重い内容であり、見終わるとぐったりするが、作品の質はなかなか上質な一本である。これだけのものを作れるのだからもっと娯楽映画を作ってみてもいいのではないかとさえ思えなくもない。
いまだに中国本土では公開できないというが、その現実のほうが問題なのかもしれない

いずれにせよ、見逃すべきではない作品であることに変わりはないと思います。みごとな映画でした。