「彼女たちの革命前夜」
なんともまとまりのない薄っぺらい脚本の映画でした。実話とはいえ、もっと訴えかけてくるドラマを描かないと実在の人物がバカに見えてしまう。女性解放運動という言葉だけで踊らされている映画になっている安っぽさに参りました。唯一の救いは、終盤、トイレでサリーとジェニファーが鉢合わせするところですが、ここをもっと大切に演出してほしかった。全くの凡作。監督はフィリッパ・ロウソープ。
1970年、ロンドンの大学に入学するために面接に来たサリーの場面から映画は始まる。いかにも男性優位の世界だと言わんばかりの演出をしようとしているが脚本が追いついておらず、とりあえず、サリーが女性解放運動の活動家ジョーとの出会うためのエピソードにしか見えない。サリーはジョーの姿に目覚め、娘がいるにもかかわらず女性解放運動へ参加していくのだが、この心理変化にまったくリアリティがない。
折しも、ミスワールドのコンテストがロンドンで行われる予定で、このコンテストで抗議運動をしようとジョーらが画策していくのが本編なのか、コンテストにくる世界の国で選ばれた女性たちの人間ドラマが本編なのかどっちつかずの展開が続く。そしてコンテストの日、会場に入り込んだジョーらが、最後の最後で大暴れしてショーを中断させ、逮捕された後、ショーはクライマックスを迎え、グレナダ代表のジェニファーが優勝するという感動のドラマが描かれる。逮捕され連行されるサリーがトイレでジェニファーと遭遇し、サリーは祝辞を言うが、ジェニファーに心にもないことをと言い返されるのだが、その後が続かずサラッと流れる。
サリーやジョーらは起訴され、ジェニファーは母国に帰り大歓迎され、それぞれの登場人物のその後がテロップされて映画は終わる。なんとも素人のようなストーリー展開が残念な作品で、この後女性解放運動が知られるようになったと言うテロップにも迫力はないし、ボブ・ホープは一体なんだったのかと言う存在感になっている。凡作の極みの映画でした。
「三姉妹」
低俗で下品な演出と喚き散らすだけの典型的な韓国映画ですが、映画のクオリティはなかなかのもので、もう少し、前半と後半からクライマックスへの構成配分に工夫されていたら傑作になったかもしれない一本でした。監督はイ・スンウォン。
少女の後ろ姿から映画は幕を開ける。長女のヒスクは、花屋を営んでいて、この日体調の不具合で病院に来ていた。ガンを宣告されるも平静を崩さない。彼女の夫は借金を抱えていて、その返済にひたすら地道な毎日を送っている。娘はパンクロッカーに夢中で、母親を罵倒し、派手な化粧をしている。次女のミヨンは大学教授の夫を持ち高級マンションに暮らし、敬虔なキリスト信者で教会でも聖歌隊のリーダーとして牧師らの信望も厚いが娘が食事の際のお祈りをしないだけで狂ったように責める。夫はどうやら若い信者と浮気をしているらしい。三女のミオクは劇作家のようだが、近頃スランプで、金髪に髪を染めスナック菓子とアルコール漬けで、青果店を営む夫は優しいが、荒れた毎日と、前妻の息子にも嫌われ、何かあるとミヨンに電話してくる。
物語は三姉妹の現在を細かい場面を繰り返しながら並行して進めていく。ヒスクは娘のために、娘が夢中のパンクロッカーに娘と別れてくれと土下座しにいき、それを知った娘にさらに罵倒されて、自分が癌であると告白する。ミヨンは、夫の浮気相手をリンチして別れさせるが夫は家を出ていく。父が出て行ったことが自分のせいだと娘はお祈りをするようになるが、ミヨンは、開き直る夫に、離婚したければこれまで自分が払った金を全部返せと啖呵を切る。ミオクは、息子が実母と学校に面談に行くのを知り、無理やり学校へ押しかける。息子がミオクのことをクソババア呼ばわりしているのを知ったミオクの夫は息子を殴るが、飛び込んできたミオクが息子に手を出すなと掴みかかり、それをきっかけにミオクは母親として認められる。
まもなくして、父の誕生日を祝うために三姉妹が両親の家に集まる。実は姉妹の父は、姉妹が幼い頃、ヒスクと末の弟に暴力をふるい、末の弟はそのせいで精神的に不安定になっていた。そして父の誕生日の祝いの席で父に放尿するが、弟を責める母らに三姉妹は幼い頃、父を恨んでいた事を訴え、年老いた父は自らの頭を窓に打ちつける。三姉妹は病院に入った末の弟を見舞い、三人で、幼い頃に食事をした「日の出食堂」を探すがすでに潰れていた。三人は浜辺で幼い頃の思い出を話し、三人で写真を撮って映画は終わる。
前半の三姉妹の現在の細かいカットの繰り返しと、後半両親の家でのできごとからその後のエピローグの配分がちょっと悪いので、妙に前半のドタバタシーンが目立つのは残念ですが、なかなかのクオリティで、韓国映画に形が完成しつつある気がしました。