くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「熊は、いない」「ヒッチコックの映画術」

「熊は、いない」

正直、イランの国情などほとんど知識がない。なので、この映画の真価は理解できていないと思います。それは別として、映画作品として単純に実に面白かった。二組のカップルをドキュメンタリータッチで撮影しているかに見せながら、それぞれに徐々に目に見えない圧力がかかり始め、ドラマティックにサスペンスが作り出されていく。果たして、熊、の暗喩するものは何なのか、国家権力なのか、古式然とした宗教観なのか、その不気味さに身動きできなくなっている人々の姿を、一歩下がった視点で冷静に捉えていくカメラ、そしてストーリーテリングが見事です。しかも、さりげなく絵作りにもこだわった画面作りも美しい。一見の価値ある一本でした。監督はジャファル・パナヒ。

 

イラン、おそらくテヘランのような都会かと思いますが、おしゃれなカフェに楽器を奏でる大道芸人が立ち寄る。カフェから出て来た店員ザラは恋人バフティアルに呼び出され出ていくと、間もなく出国の段取りがつくのだという。そしてバフティアルか彼方に歩いていくと、パナヒ監督のカットの声がかかり、カメラが引くと対岸でパソコンの画面を見ているパナヒ監督の姿になる。丘のこちらの小さな村で、ガンバルという男の家に逗留してパソコン越しに映画を撮影しているがWi-Fi環境が悪く、時々途切れてしまう。パナヒ監督はカメラで村の様子を撮影したりしているが、一人の男が婚約の儀式に向かうというのを聞き、儀式の様子をカメラで撮って来て欲しいとカメラを預ける。

 

夜、撮影監督をしているレザが、パナヒのもとにラッシュを届けに来て、そのまま車で国境へ向かう。今脱出すれば国外に出られるという。どうやらパナヒ監督はこの地から外に出られない境遇のようである。レザの勧めを断り一人車で村に戻りかけるが、夜道で一人の女ゴザルが、あの写真は消して欲しいと迫って来たまま姿を消してしまう。

 

村に戻ったパナヒ監督に、村長らが、撮影した写真を渡してくれと迫ってくる。パナヒが、撮った覚えのないゴザルと恋人の若いカップルの写真だという村長の言葉に事情を聞いてみると、この村の女は生まれた時に夫が決められていて、他の女と結婚できないのだが、ゴザルは、ある若者と恋におち、その二人の写真をパナヒ監督が撮ったのだという。騒いでいるのは生まれてから決められていた夫の青年だった。

 

面倒になったパナヒ監督はSDカード全てを村長に渡すのだが、今度は、他に持っていない事の宣誓がいるから宣誓所で宣誓して欲しいと迫ってくる。パナヒ監督は宣誓所へいき、証拠に為に宣誓の様子を撮影したいと申し出承諾されるが、古い慣習に関する意見をパナヒ監督が述べ始めると、本来夫になるべき男が不服を申し立て騒ぎ立ててしまう。

 

翌日、村で騒いだあの青年は、ゴザルの今の恋人に襲いかかっていた。しばらくして、パナヒ監督が車を走らせていると、バイクに乗った男達とすれ違う。その翌日、ガンバルがきて、実はすれ違った男達は国境警察で、パナヒ監督を逗留させているにあたり、正式な契約書とパナヒ監督の証明書を要求、パナヒ監督はそれに応える。

 

一方テヘランらしい都会では、偽造のパスポートを手配してもらったザラとバフティアルが出国の準備をしているが、タクシーに乗って空港へ向かおうとするところでザラが降りて来て、パナヒ監督に、これは皆偽物の世界ではないかとカツラを取り、化粧をぬぐい、パスポートを見せつける。やがて女性は姿を消してしまう。バフティアルはすっかり落ち込み酒浸りになるが、ある日、海岸で溺死体の女性が発見され、それがザラだとわかり悲嘆に暮れる。

 

一方パナヒ監督のところにガンバルが来て、国境警察からの要請で、パナヒ監督は怪しいので即出ていくように言われたという。パナヒ監督は仕方なく荷物を車に積んで走り始めるが、途中、ガンバルが人盛りの中にいるのを見つける。駆け落ちしようとしたゴザル達が国境で撃ち殺されたのだという。立ち去るように急かすガンバルの声に、パナヒ監督は車を走らせるが、途中で止まり映画は終わる。

 

次は何が起こるのかという展開の中に、不穏な不気味さがじわじわと締め付けて来る緊張感が恐ろしい。イランという国の息苦しさ、その原因が古からの狂信的な宗教観、さらに、理不尽なまでに人々を拘束している国家権力、ストレートな物言いこそしないまでも、それを熊という比喩で語らせる演出は見事というほかありません。しかも、サスペンスとして面白いからすごい。なかなかの映画だった。

 

ヒッチコックの映画術」

アルフレッド・ヒッチコック監督デビュー百年というドキュメンタリーで、過去の作品から最後の一本まで、ヒッチコック自身が語るという形式でそれぞれの作品の様々なシーンに秘められたテクニックや意図を描いていく。知っている作品がほとんどで、なんらかの形で見た作品もあるものの、なぜか妙に長く感じたのは、映像のリズムが悪いのか、組立が良くないのか、それでも大好きなヒッチコックの映画のダイジェストを山ほど見れたので、楽しかった。監督はマーク・ガズンズ。

 

現代の街の一角で一人の女性が立っている。ヒッチコックの言葉が被り、彼の作品の様々が語られる。時折、現代のテクノロジーへのコメントも挟まれるので、明らかにフィクションのナレーションであるが、ヒッチコック作品のさまざまな名シーンに秘められたヒッチコックの気持ちが説明されるので実に面白い。延々と語られるのみなので、ちょっと終盤は退屈になって来たのは、構成の弱さだろうが、それでも、楽しいひとときでした。