くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「さあ帰ろう、ペダルをこいで」「黄色いからす」「極秘指令

さあ帰ろうペダルをこいで

「さあ帰ろう ペダルをこいで」
とってもハートフルなヒューマンドラマの秀作に出会いました。しかも、作風はコミカルで軽いタッチなのに埋め込まれたメッセージは非常に重い。しっかりとしたストーリー構成と、ぶれない展開に一見、平凡な感動作なのに心に残るメッセージを感じてしまいました。

ジュネ監督風の画面から映画が始まる。主人公アレックスの誕生。バック・ギャモンというボードゲームの名人で祖父のバイ・ダンがチャンピオンになる下り。祖母が得意のケーキを作ろうとするが、砂糖が配給で、唯一手に入ったのがキューバ産だと家族で話題になるシーンと、一見ほのぼのしているが、独裁政権下のブルガリアの抑圧された現状を見事に描ききる導入部は見事です。

そして、時はたちアレックスと父ヴァスコ、母ヤナがドイツから故郷のブルガリアへ戻る途中の車の中。突然割り込んできた車に急ブレーキをかけてしまい横転。両親は即死、唯一生き残ったアレックスが病院で目覚めると記憶をなくしている。ブルガリアから駆けつけたバイ・ダンが病室を訪問。かつて少年時代に教えたバック・ギャモンを使って記憶を取り戻そうとするが戻らない。

こうして始まるこの物語。バイ・ダンと成人したアレックスの姿を描く一方で、ブルガリアでの幼いアレックスと両親の生活が実に巧妙にフラッシュバックで挿入される。共産党政権下のブルガリアでは父ヴァスコは上司からかつて政治運動をした祖父バイ・ダンをスパイするように強制されたりと不気味なシーンも描かれ、決意したヴァスコは祖父等と別れ、家族でドイツに亡命することを決意する。しかし、やっとついた難民キャンプでは囚人のような扱いを受ける日々が続く。

一方の成人したアレックスはバイ・ダンから強行的に自転車で祖国ブルガリアへ戻ろうと提案され、二人乗りの自転車で帰路を走り始める。背景の雄大な自然の風景が実に美しいのですが、残念ながらデジタル上映のために深みのある画面が見られないのは残念でした。途中、一人の女性マリアと出会ったアレックスは愛を交わらせるエピソードも交え、時折、少年時代のシーンを繰り返しながら、次第にここまでのいきさつが語られていく。このテンポが軽いタッチの音楽に乗せて実にほのぼのとしているのですが、アレックスたちが国をでた直後にバイ・ダンは政府によって逮捕されるというブルガリアの1980年代の現状が描かれ、奥の深いストーリーが紡がれていきます。

途中、かつての難民キャンプを訪れたときに、アレックスたちがいたころ親しかったシカゴというあだ名の男と再会したりする。そこで一夜をあかした翌朝、バイ・ダンは一人汽車で先にブルガリアへ。後を追ってアレックスも自転車でブルガリアへ到着。現代のブルガリアは新政権下の自由の国になっているという看板が写る。そして、懐かしい祖母と再会する。

バイ・ダンとアレックスはたまり場であったバーでバック・ギャモンの勝負を始めるが、結局、決着が付かずさいころを振ることで決めることに。バイ・ダンがふると6のゾロメ。アレックスがさいころを振る。さいころが転がる。事故のシーンがよみがえる。さいころの転がりと共に見る見るアレックスの記憶が戻っていくシーンは本当に胸が熱くなってくる。そして、さいころは一つがまっぷたつに割れて6のゾロメと1が出て、奇跡的にアレックスの勝利で終わる。このあたりのファンタジックな作り方も見事なもので、近年まれにみる名シーンではないかと思うのです。

そして、アレックスはサルサの先生をしていると聞いていたマリアの元を訪れ、マリアもアレックスをみとめて、お互いに目があってエンディング。

単純な物語ではあるのですが、ブルガリアの政治的な時代性もしっかりと描き、一方でアレックスの家族の物語を心温まる物語として描写する。過去と現代、記憶をたどる物語と現実の時間の流れが巧妙かつテンポよく描かれる様はすばらしい映像として結実していきます。珠玉の名編として心に残る映画でした。すばらしかった。

「黄色いからす」
これは評判通りの名作でした。親子の難しい心の交流の問題だけでなく、さりげなく描写された反戦のメッセージにこの作品の奥の深さを感じさせる。いつも個性的な存在感で作品を引き締める伊藤雄之助が復員帰りの寂しげなサラリーマン役で、出生直後に生まれた長男清に対する接し方になやみ、8年間の仕事のギャップにゆれる姿を好演しています。

向かいにすむ田中絹代扮する雪子やもらい子の子供春子がさらに物語の展開を見事に牽引するとい構成のうまさにもうならされる。さらに画面を彩る色彩演出の美しさ、スタンダードながら海や木々、建物、道路の配置など構図の美しさにもを奪われます。

カラスをまっ黄色で書くという異常な心理状態を真正面からとらえ、少年の微妙な心の姿を演出してみせるのは当時としては最先端のテーマだったのだろう。そのチャレンジ精神にも感心します。

鎌倉の大仏を写生している子供たちのシーンで映画は幕を開け、真っ黒な大仏とまっ黄色な背景にどこか不安定な心をみる担任の先生のシーン。そして、8年間の戦地での生活の後帰ってきた父の姿に戸惑う主人公清の微妙な心の変化、さらに赤ん坊が生まれることで次第次第に父と子供の溝が深まる姿が背後に流れる祭り囃子や音楽の抑揚で表現を深めていく。

美しい構図を大胆に取り入れ、音の効果を含め一見普通のホームドラマの展開に見えるエピソードの中に親子の見えないわだかまりがふつふつと煮えたぎってくる雰囲気を描写していく。母マチ子も清をかばいながらも一方で夫の心の悩みにも優しさを注がざるを得ない。

クライマックス、赤ん坊の世話を任された清がふとした弾みで赤ん坊にけがをさせてしまい、それがきっかけで内緒で飼っていたカラスも父に見つかり逃がされてしまう。不安定な心が頂点に達した清はそのまま飛び出し、あてどなく歩くが結局風雨の中を帰ってくる。向かいの奥さん雪子の前で「この家の子供にしてほしい」という言葉を聞いたマチ子は夫と初心に戻って話し合い、清を抱き寄せる。そして浜辺へのピクニックのシーンでエンディング。時は正月元旦の朝。道路に光る日差しが実に美しいショットでした。

向かいの子供春子にも決して手を抜かない演技演出で、画面の隅々まで五所平之助監督の演出が行き届いているためか作品全体が実に充実した姿で完成されています。子供の情緒不安定と戦争による失われた家族の絆のテーマをきっちりと描ききった名編だと思いました。よかったです。

「極秘指令 ドッグ×ドッグ」
B級映画だと高をくくって見に行ったものの、つかみ所のない展開におもしろいのかあきれてしまうのか何とも表現できないことになってしまいました。

出だしはいいのです。なんか意味ありげなタイトルバックとオバマ大統領就任の演説が流れる。一人の女がカフェテラスに座る一人の男(主人公)の前に座る。合い言葉のような言葉をかけて、お互いに意味ありげにどこかの施設に入っていく。わくわくしそうな導入部なのです。この女性は”女教皇”などと呼ばれ、施設の中に人々はそれぞれさまざまなあだ名で紹介されていく。スラングが乱れ飛んで、むちゃくちゃな会話が横行。それでも”戦車”や”女帝”などあだ名がいかにもなのでとにかくその紹介シーンをじっくりとみていく。

と、この施設の上層階に二人の男と一人の女がテレビ画面を見ながら監視している。どうやらこの二人が組織の上役のようであるが、妙にレベルの低い会話を繰り返している。そして、突然コンピューターがダウンし、再起動したらウィルスが侵入した知らせと「終末作戦」が起動したというメッセージ。どうやら、施設内部を破壊して処分する命令のようで、それを知った施設の中の秘密工作員たちが殺しあいを始める。物語の本編がこの殺しあいの繰り返しで、特に特殊な殺戮シーンでもないし、アクションシーンに切れもないので、だんだん飽きてくる。

そして、脱出用のエレベーターを見つけた主人公の”愚者”が地上へでて、なにやら回収すべきディスクを上の階層の女に渡してエンディング。この男の正体が見えても、ハッとするものはないし、ああそうかという程度で終わってしまう。まぁ、これだけ映画を見ているとこの手の作品にぶつかることもやむ得ないですね。