「勝負は夜つけろ」
話が複雑に絡み合って面白いはずなのですが、どうもキレが悪いのかのめり込んでいかない。しかし、フィルムノワールを意識したモノクロ映像とジャズのコラボレーションがB級テイスト満載で展開する物語はなかなかのものでした。監督は井上昭。
輸入業を営む久須見の小さな船に、海上保安局が乗り込むところから映画が始まる。特になにもないままに登場人物が紹介される。久須見は片足がない義足で、その原因を作ったのは6年前の井関という男とのやりとりであったと説明される。
久須見は大きな商売の契約がまとまり、その決済に五百万円お金が必要になる。そこで幼馴染で仕事仲間の稲垣から、懇意にしているクラブの女を通じて金貸しを紹介してもらうことになる。そして行って見たらその金貸とは井関のことだった。クラブの女は井関の義理の娘らしく、また愛人でもあった。
高利の条件でクラブの女の分も含め七百万を借りるのだが、程なくして稲垣の妻が誘拐されたと電話が入り、その身代金が七百万だと言う。明らかに何かの策謀が見えたものの稲垣が経理の男阿南と一緒に金を持って出るが、音信不通になり、さらに稲垣の妻が自宅にいることもわかる。
久須見は背後に井関がいると推理するが、程なくして稲垣と阿南らしい二人の死体が見つかり、しかも顔を硫酸で潰されていた。そして一人は阿南と確認されるがもう一人は稲垣ではないことが妻の証言で明らかに。
そこへ、稲垣の妻から久須見に謎めいた電話がかかり、行って見ると殺されていた。そして手に握っていた録音テープには稲垣自身が吹き込んだ誘拐犯の声が入っていた。久須見は真犯人が稲垣だと確信して稲垣を捕まえる。彼は覚醒剤中毒になっていて、その金欲しさに狂言誘拐を計画したのだと言う。
ところが、稲垣は久須見を振り逃げたのだが、しばらくして死体となって発見される。どうやら、稲垣の背後に井関ではなく別の人物の存在を知った久須見だが、誰かわからないままにクラブの女の元へ。しかしそこで、久須見が稲垣に託していた拳銃を見つけ、この女が真犯人だとわかる。
この女は自分を手篭めにした井関に復讐するためにこの計画を立て、井関の仕業に見せかけようとしたのだ。そして、女のところにやってきた井関たちも殺され、物語の真相が明らかになる。
全てを知った久須見は一人港を歩いて去って行ってエンディング。
ところどころがちょっと雑なために、全体のまとまりに欠けていて、せっかくの練りこんだストーリーが生きていないのが残念ですが、監督をはじめスタッフの面白い映画を作ろと言う意気込みの見える一本で楽しかったです。
「恋は雨上がりのように」
良質のラブストーリーとしては久しぶりの秀作、とっても素敵な映画でした。特に小松菜奈に対するカメラが抜群に素晴らしくて、彼女の魅力がみずみずしく映像として映し出されていて、透明感を生み出しています。また、オーバーアクトになりがちな大泉洋への演出が的確に抑えられていて、全体の空気感がまとまっています。監督は永井聡。
ある女子高を俯瞰で捉え、カメラが教室の窓から中に入ると主人公橘あきらが机に突っ伏して眠っている。ふっと目が覚めて映画が始まる。そして、橘あきらがスピーディに画面に登場し、駆け抜ける。その姿をステディカムのカメラが長回しに延々と追いかける。このオープニングにまず圧倒されます。
陸上部だった彼女はアキレス腱を切って、部活を休んでいる。リハビリをして復帰する気力をなくし、ファミレスでバイトをしている。実は、けがをして落ち込んでいる時この店に入り、店長にサービスのコーヒーを出してもらい、それがきっかけで店長に惹かれここでバイトの日々を過ごしていた。
前半はここでのコミカルなシーンとあきらが店長に告白するまでが、とっても素直な映像で描かれて行く。そして、戸惑った近藤店長が、あきらの思いを受け止める下りが実に大人の脚本になっているのが、この映画のうまさである。
後半はあきらが、陸上への想いを思い出し、前向きに進む決心をして行く心の変化が中心になる。風邪をひいて自宅で休んでいる店長の部屋にやってきたあきらを店長が受け止める下りが実にいい感じに仕上がっている。
ここに、あきらに憧れる陸上のライバル校の後輩がとってつけたように登場してくるのがちょっと唐突で、これまでの近藤店長とあきらのラブストーリーを払拭してしまうにがちょっと残念ですが、このままあきらが陸上に復帰し、基礎トレを友達とはじめ、それとともに近藤店長はあきらを解放して、やがて、堤防を走るあきらたちと久しぶりに再会した店長に、あきらが「友達ならメールとかしますよね」と微笑みかけるカットでエンディング。
この後の余韻を残したラストがとっても素敵だが、残念ながら脇役の役者が今ひとつ弱いために小松菜奈と大泉洋のみで引っ張る形になったのがちょっと残念。とは言っても本当に純粋でストレートな青春ドラマに仕上がっていたのは良かった。いい映画でした。
「レディ・バード」
これは良かった。一瞬を切り取ったきらきらひかる青春の1ページと言うみずみずしい作品でした。シアーシャ・ローナンが抜群に光る一本でした。監督はグレタ・ガーウィグ。
アメリカのサクラメントの街で暮らす主人公クリスティンが、母マリオンと車で走っている場面から映画が始まる。母親と言い争ったクリスティンは突然車を飛び出し、腕を骨折して教室にいる姿から物語がスタート。親友のジュリーと女同士の屈託のない会話をしながら、ボーイフレンドのことやSEXのこと、学校のこと、両親のこと、などをユーモアたっぷりに語り合う。
クリスティンは自分のことをレディ・バードと呼び、ダニーという青年と付き合い出す。しかし、女心は移り気で間も無くバンドメンバーのイケメンカイルと付き合うようになり、初体験を経験。そのあたりからジュリーと溝ができ始めるが、やがてプロムの夜、カイルとどこかすれ違い始めていたクリスティンは途中でカイルの車を降りジュリーの家に行き、二人でプロムに行く。
クリスティンは、この街を出てニューヨークの大学に行くつもりで願書などを出していたが、反対している母には黙っていた。しかし、ふとしたときのダニーの口からバレてしまい、マリオンとクリスティンは口をきかなくなってしまう。
やがてニューヨークに立つ日、空港まで送ってきた母は父親とクリスティンだけ空港
で下ろし自分は車で一旦走り去るが、戻ってきて父親に抱きつき涙する。車の中で次第に涙が溢れてくるマリオンのシーンが感動的である。
そして、父はクリスティンのトランクに手紙を忍ばせる。ニューヨークに着いてその手紙を見つけたクリスティンは、それが、マリオンがクリスティンに渡すつもりで書いたもののゴミ箱に捨てたものだった。
ニューヨークでの生活も徐々に慣れてきたクリスティンは、家に電話をする。お母さんへ、いろいろなことありがとうと。こうして映画は終わる。
散りばめられるさりげない街のインサートカットが素敵だし、娘を思っているのについきついことを言ってしまうマリオンの言動も包容力のある父の姿も、いかにも貧困層というクリスティンの兄弟の視線もどこか暖かさに満ちている。
そして、クリスティンの爽やかすぎる笑顔や行動が映画を実に美しく仕上げてくれています。一瞬の時間を切り取った感じの爽やかな映画でした。