「羊飼いと風船」
静かで地味な映画ですが、非常にクオリティの高い抒情詩の様な一編でした。監督はチベットのペマツェテン。
中国では家族計画の政策が進んでいるというテロップから、舞台は広がる草原と羊たちが群れているチベットとなる。祖父、若夫婦、その子供達という三世代で羊を放牧して暮らすドスカルらの家族、この日二人の息子が風船と称して遊びまわっている姿から映画が始まる。その風船とはコンドームを膨らませたもので、母ドスカルの枕の下から見つけたのだという。叱責する父タルギュに、子供たちは街に行ったら風船を買ってきて欲しいと頼む。
タルギュは、牡羊を借りてきて、雌羊に種付けしようとしている。長男は学校へ行っているが、長男を迎えに行った母ドスカルは、長男の担任の先生が、かつての妹の恋人で、何かがあって、妹は尼になっていた。その妹はその男性から一冊の本をもらっていた。
淡々と進むさりげない物語なのですが、それとなく、現代のチベットの姿を浮き彫りにしていく映像が見事です。ドスカルは、診療所へ行き、避妊手術をして欲しいと頼む。避妊具のコンドームも無くなってしまい、一方夫のタルギュは旺盛なので、心配したくないのだという。診療所の女先生は、配給のコンドームが切れているので、自分のを一つ分けてあげると渡す。しかし、枕の下に隠していた一つを子供が見つけ、風船にして隣に住む友達の笛と交換してしまう。
それをなじる隣の家の父親。この場面が、本来ならユーモアあふれる場面なのだが、この作品ではどこか現実的でシリアスな場面に見えるのが不思議です。そんな時、祖父が亡くなる。家族で火葬にし、祖父の魂の転生はいつになるかと高僧に聞きにいくタルギュ。ドスカルは近いうちに羊が子供を産む夢を見る。
まもなくして、ドスカルは妊娠してしまう。堕胎したいと夫に詰め寄るドスカルに夫のタルギュは猛反対する。祖母の転生が長男だったので、祖父の魂も転生して欲しいと願っているのである。しかし、生活を考えると堕ろすしかないというドスカルは一人診療所へ行く。しかし、手術寸前でタルギュと長男が駆けつけ、転生して欲しいので産んで欲しいと懇願する。
場面が変わり、タルギュが街に羊を売りにいく。あまり高く売れなかったが、タルギュはその金で風船を二つ買って帰る。そして二人の息子に与えるが、一つはすぐに破れてしまい、もう一つは手を離れて空に上がっていく。登場人物たちそれぞれが空に登る赤い風船を見上げるシーンで映画は終わる。
色調を抑えた画面と、透き通るほどに広がる大草原、そして羊たち。その中で素朴に暮らす家族の物語は、特に大事件が起こるわけではないけれども、伝わってくる何かがある。その描写が素晴らしい一遍でした。