くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「RHEINGOLD ラインゴールド」「ラヴィ・ド・ボエーム」

「RHEINGOLD ラインゴールド」

主人公ジワの成功までの波乱の人生を駆け抜けるように描いて行くのがとにかく心地よいほどにテンポが良くて面白い。犯罪を重ねて行くだけの重い話と次々と地域が変わる展開なのに、素直に追いかけていけるリズム感がとってもいい秀作だった。監督はファティ・アキン

 

2010年、シリアの砂漠地帯を捉え、そばにある刑務所にカメラが移動すると一台のトラックが囚人を乗せてきて映画は始まる。降りてきたのはジワ、サミー、ミランらだった。クルド人のジワは所長に呼ばれ、金(きん)のありかを聞かれる。ジワは金をを強奪した嫌疑がかけられていた。しかしジワが答えないので金歯を抜かれてしまう。そしてジワは幼い日を回想する。

 

時は1986年、地元の有名な音楽家エグバルを父に持ち母も音楽家だったが、ある日突然ホメイニらに拉致されて収監されてしまう。しかし、エグバルが有名な音楽家だったこともあり、まもなくして釈放され、地元有力者の家で働くようになる。その家でジアは同年代のミランと出会う。

 

その家でジアはピアノを教えてもらい、やがて十年の月日が経つ。父は音楽家として生きるべく離婚して出ていってしまい、家族は母の少ない賃金で暮らしていたが、ジアは地元の不良たちと付き合い、ドラッグの密売をしながら日々暮らしていた。ある日、別の部族の不良にリンチにあったことから、強くなるべくボクシングを習い、やがてカター(危険なヤツ)という異名を持つまでになる。そして以前自分をリンチした不良たちを次々に血祭りに上げるが、あるスーパーで暴れていて、シリンと再会する。シリンはジアの向かいに住んでいて妹を学校へ送り届けるときに会って以来好きだった。しかし乱暴なジアにシリンは嫌悪感を持ってしまう。

 

ある夜、ライブハウスで一人のラッパーを見かけその音楽とビートに魅せられたジアは音楽を手掛けた男マエストロを訪ねる。マエストロはコンピュータを駆使して電子音楽を作る作曲家だったが、当時はまだ最先端すぎて受け入れられていなかった。ジアは音楽を教えてもらうことを条件にその家を出るが、そこで麻薬の密売で警察に捕まってしまう。ジアはその後、用心棒の仕事を事業としてするべく人脈を作ろうとするが、そこで、今は実業家になったミランと再会する。

 

ジアは地元の有名クラブの用心棒を始めるが、ライバルのヤクザものが脅しをかけてくる。そこでミランはこの地のマフィアのボスをジアに紹介し、ジアはボスの後ろ盾で仕事を拡大、さらに音楽プロデューサーの仕事をするためにサミーという男と、売春婦だがラッパーでもあるエヴァを採用する。

 

事業を拡大し独り立ちするために資金をボスに頼むが、ボスは液体コカインを売りさばく仕事をくれる。ところが、搬送途中追突された上、液体コカインの入った瓶を割ってしまう。ボスに損害をかけたら殺されると判断したジアは、ミランに、ある人物を紹介してもらい、死人の金歯を集めて売り捌く仕事をしている男を襲い、金を奪えば目標以上に金が入るとアドバイスされる。

 

ジアはサミーと、金の護送車を襲おうとするが、運悪くなかなかうまくいかない。究極の手段で警官に化けて何とか金の強奪に成功するが、特殊部隊から狙われ始める。危険を感じたジアらはミランの指示で遠方へ逃亡するが、たまたま訪ねてきたミランが警察に後をつけられ、そのままシリアの刑務所に収監されてしまう。冒頭のシーンである。まもなくしてジアらは別の車で搬送されて、犯罪者として指名手配されているドイツへ送還されてしまう。

 

ドイツで刑務所に入ったジアに、母も妹も面会に来るが、ジアの犯罪歴で何もかもうまくいかないと言われる。そして父エグバルも訪ねてきて、時間を無駄にするなと忠告される。ジアは机に鍵盤を書いて音楽を再開し、マエストロに面会に来てもらい、マエストロを通じて自身のラップ音楽を外に出してもらう。やがて、デビューCDが発売され、大人気となる。

 

場面が変わり現在、ジアはシリンとの間にできた娘を学校へ迎えに来ていた。家に帰ったら娘が、ジア=父に、お父さんは犯罪者だったとネットで知ったと友達に言われたことを話す。ジアは、遠い昔犯罪者だったことを正直に言うが、さらに娘は金のことを聞くのでジアは娘の耳に何か呟く。カメラは大きく海の中に入って行くと人魚が泳いでいて、その先に溶かされた金が広がっていた。こうして映画は終わる。

 

余計な人物描写とか、背景描写はすっ飛ばして、ジアがあれよあれよと生きて行く姿をハイテンポで描いた演出が実に上手い。確かに犯罪者なので、決して褒めるべき人物ではないが、住んでいる地域や宗教や民族問題を考えるとそれもいた仕方ないと思ってしまい、その舞台設定をあっさりと描いたため、映画に無駄な重々しさを生まずに良かったと思う。ラストの人魚シーンもあっと思わせられて良かった。

 

「ラヴィ・ド・ボエーム」

淡々と進む大人のラブストーリーですが、そこに貧しいという現実が常に底辺にあるのを切々と物悲しく語って行く様が非常に情緒があって胸に染み渡ります。ラストの、「雪の降る街を」のメロディに哀愁が詰め込まれる作品でした。監督はアキ・カウリスマキ

 

路地裏、ヨタヨタと一人の男が彷徨い出てくるのを俯瞰で捉えて映画は幕を開ける。ゴミの中に倒れてしまい顔を怪我して、バーに入って薬をもらう。彼の名はマルセル、売れない戯曲作家である。自宅で目を覚ますと、壁に立ち退き命令の紙が貼られていた。役人が来たので滞納している三ヶ月の家賃を下ろしに行くからと荷物を置いて出て行く。そして行き場もなくカフェに行って、そこで画家だというロドルフォと出会う。意気投合した二人は、マルセルに誘われるままに家に戻ると、そこに次の入居人で作曲家のショナールが住んでいた。

 

翌朝、絵の具を描く金がないとマルセルの家に行ったロドルフォだが、マルセルはナンパした女性とベッドにいて追い返される。ロドルフォがある夜帰宅すると、隣の部屋にやってきて、中に入れないミミという女性と出会う。そして部屋に入れてやりベッドを貸してやる。しかし、ロドルフォが外に出て時間を潰して戻ってくるとミミはいなかった。

 

ところが、ロドルフォがたまたま寄ったカフェでミミという女性に再会、いつに間にか彼女に恋してしまう。一方、マルセルは新聞王と会うことになる。黒い服が必要だったが、たまたまロドルフォに肖像画を頼みに来た男の服を拝借して新聞王の元へ。今度企画する雑誌の編集担当になって欲しいと言われ大金を持って帰ってくる。

 

その金でロドルフォは絵の具を買い、ショナールは車を買う。ロドルフォはミミをデートに誘うが途中で財布をすられてしまい、レストランで食事の後、警察がやってくる。食事代は隣の席の男が払ってくれたが、警察はロドルフォの旅券を調べるうちに、アルバニアからの不法入国であることがバレて強制送還されることになる。

 

ロドルフォはミミに電話するも連絡がつかず、ロドルフォの部屋を片付けに来たマルセルらに、ミミはロドルフォが強制送還されたことを知る。しかし、まもなくして、ロドルフォは戻ってくる。ロドルフォは早速ミミの店に行くがすでに辞めていた。しばらく待っていると、裕福な出立の男の車でミミがやってくる。ミミはロドルフォを見るとまた彼の元に戻ってきた。

 

マルセルらは女たちを連れて買い物に連れて行ったりハイキングに連れて行ったりしようと提案、ショナールも彼女を見つけて六人で出かける。しかし、マルセルの彼女は、このままの貧乏生活は耐えられないと、マルセルの元を去る。その夜、ミミもロドルフォにちょっと散歩に行くと言って家を出てしまう。ロドルフォが、ミミがバーにいるのを発見するがミミは戻らなかった。

 

しばらく後、部屋を追い出されたからとミミがロドルフォの元に戻ってくるが、体の具合が悪かった。医師に見せると手遅れだという。入院の費用が必要ということになり、ロドルフォは手持ちの絵を全て売り、ショナールも車を売り、マルセルもコレクションの本を売って金を作る。ミミの病室にいたロドルフォは、ミミが春の景色が見たいというので窓を開け、外に花を摘みに行って戻ってきたらミミは死んでいた。外で待っているマルセルらに、一人になりたいとロドルフォは彼方に去っていく。背後に「雪の降る街を」が流れて映画は終わる。

 

物悲しいお話なのですが、淡々と物語が展開するので、映画全体が暗くならない。それでも何か胸に沁みてくる感覚に囚われる作品でした。