「死霊館」
久しぶりに一級品のホラー映画に出会いました。
題名だけをみると、いかにもB級の下手物ホラーに見えるのですが、全くそんなことはない。カメラのワーキング、編集、スピード感あふれるリズム感が見事な一本でした。所詮、下手物映画だろうと高をくくって身始めたらいつの間にか、綱でスクリーンの中に引き込まれるように映像にのめり込んでいきます。本当に掘り出し物のホラー映画の秀作でした。監督は「ソウ」のジェームズ・ワンです。
映画は、いかにもホラーですといわんばかりの物々しい画面に始まる。画面にアップで写された不気味な人形の顔。実際の1969年に起こったアナベル事件の人形である。その人形は悪魔に操られ、少女たちを恐怖に陥れた。彼女たちを助けたのが、教会公認の心霊学者エド・ウォーレンとその妻で透視能力のあるロレインである。
アナベル事件での恐怖の映像が数カット、そしてその説明などが語られた後、実在のウォーレン夫妻が扱った事件、実際の悪魔憑依事件の内容が語られ、そしてこれから起こるペロン一家に起こった事件がウォーレン夫婦にもっとも恐ろしい事件だったことが語られ、「実話である」とどめを刺してメインタイトルである。
ペロン一家が、娘五人つれて新居へやってくるほのぼのしたシーン。しかし、初日から、飼い犬は家に入らないし、なにやら不気味な音が聞こえ、翌朝犬が死ぬ。
一方ウォーレン夫妻の夫エドが講演会で悪魔憑き事件のスライドが説明されている。
交互に、ペロン一家に次々と、怪異現象がエスカレート、どうにもできなくなった妻キャロリンはエドの講演会に行き、直接自宅に来てほしいとウォーレン夫妻に懇願、その熱意にペロン一家の家に行ってみると一目で、悪意あるものに憑かれていることを突き止め、早速、調査を始める。
カメラが、縦横無尽に動き回り、時に長回しのワンカットを見せるかと思うと、天井からぐるりと人物を追いかけたり、床すれすれにはい回ったりと、多彩なワーキングを見せる。さらにその編集のテンポもスピード感あふれ、みるみる恐怖のレベルをあげていく。よくあるような、突然化け物がでてくるというありきたりなショットはほんのわずかで、後はカメラ移動のうまさで見せる演出の妙味を堪能。
過去の忌まわしい出来事をロレインが透視したりするドキッとするシーンもあるが、基本的に、カメラ演出で見せるのがこの作品の最大の特徴である。
やがて、ペロン一家の母親キャロリンに悪魔が憑依し、最後のクライマックスへと流れていく。
この家に起こった過去の魔女事件、悪魔に呪われた母親が起こした娘惨殺事件を再現すべく、キャロリンが二人の末娘を連れだして、自宅へ。それを追いかけるウォーレン夫妻、悪魔払いの依頼をしたものの、バチカンの許可が間に合わず、エドが自ら悪魔払いを開始、壮絶なクライマックスへなだれ込んでいく。
カメラは、スクリーンの中で起こっている出来事を助長するかのように、パンニングを繰り返し、ポルダーガイスト現象の中で必死で悪魔払いするウォーレン夫妻、保安官たちをとらえていく。もちろん、実話であり、見事、悪魔を払い、無事ハッピーエンドになるのだが、それでも、映画が始まってまもなくからは、傍らのポップコーンさえも食べるのを忘れるほどに釘付けになってエンディングを迎えるのである。
見事な細かいショットの数々を、すべて書ききれないけれど、現実の事件が1971年、1973年公開の「エクソシスト」が話題になる直前の頃である。クライマックスで、キャロリンの縛り付けられた椅子が浮き上がったりする場面は、おそらく、「エクソシスト」の原作の中で参考にされた事件なのだろう。
とにかく、下手物ホラーではない。しっかりとした演出で描かれる正当な映像作品である。掘り出し物に出会いました。
「トランス」
スタイリッシュな映像と、めくるめくようなミステリーの交錯する世界、少々懲りすぎのきらいがあるが、なかなかおもしろいサスペンス映画の秀作でした。監督はダニー・ボイル。
確かに、この監督は映像と音楽のセンスが抜群だと思う。背後に流れる曲の趣味がいい上に、その音楽のリズムに映像が被さって踊り始めるから見事と呼ぶしかない。しかも、今回はその音楽に乗せて、現実か昏睡状態の世界かわからないままに行ったり来たりを繰り返しながら、真実に近づいていくという展開だから、さらに陶酔感に浸ってしまうのである。ただ、逆に言うと、この個性がかえってストーリーテリングを壊しかねないという欠点にもなりかねない危うさがあるのも事実である。そのきわどいところで今回は、かなり楽しい作品だった。
映画が始まり、かつて絵画を盗むのは簡単だったが、今ではセキュリティを始め、複雑になって、ちょっとやそっとでは盗めないというナレーションと映像が流れる。実はこれがこの作品のすべての真実だったのだが、まさかと思いながら、物語の中に入っていく。
今にも、世紀の名画、ゴヤの傑作『魔女たちの飛翔』がオークションで落札されようとしている。その前に、いかにも悪者らしい四人が会場へと向かう映像が映される。オークションの主任サイモンが、『魔女たちの飛翔』をオークションにかけ、落札されたとまもなく、悪者が進入。速やかに絵画を持って、タイム金庫へ持っていこうとするサイモン。ところが、すんでのところで、一人の男フランクが銃を向ける。フランクに電気ショックをあてがおうとするが、逆に殴られ、気がついたサイモンは大けがをしていて、記憶をなくしている。
フランクはというと、盗んだ絵画の包みを開くと中身がない。実はフランクとサイモンは仲間であったことから、フランクはサイモンを拉致して拷問をかけるが、記憶がよみがえらない。そこで、催眠療法で彼の記憶を呼び覚まそうとする。
誰に頼むかと写真を見せると、一人の女性心理療法士エリザベスをサイモンが指名。そこで、エリザベスが、サイモンを催眠療法にかけるが、絵を盗んだことをエリザベスに知られるわけに行かないので、盗聴マイクで聞いているフランクたち。ところが、状況をなぜか察したエリザベスが、筆談でサイモンに接近し、フランクに自分も仲間に入れるように交渉する。
こうして物語は、サイモンの記憶を呼び起こすために様々な方法を施していくエリザベスと、それを見守るフランクたちとの現実か、催眠世界かを行ったり来たりの映像が展開。やがて、エリザベスはフランクと関係を持ち、サイモンとも関係を持つが、それが現実かどうかもうわからない。
そして、次第に明らかになってくる中で、実はサイモンはオンラインギャンブルにはまって、エリザベスを訪れ、やがて二人は恋仲に。しかし、嫉妬に狂っていくサイモンからのがれるべく、サイモンに自分を忘れさせる催眠術をかける。そして、サイモンに名画を盗ませ、自分に与えるように誘導するのである。
ところが、サイモンは、フランクに殴られたことで、忘れていたエリザベスのことを思いだしてしまい、たまたま、絵を持って飛び出したところに入ったエリザベスからの「絵を私に・・」というメールをみて、走ってきた車に衝突され、その運転手をエリザベスと勘違いして、かつての嫉妬に狂ったサイモンがよみがえり、殺してしまう。そして、トランクに死体をいれ、絵もそこに隠すのだが、そのままサイモンは病院へ。車は保管されてしまう。ということになっていたのだ。
サイモンが、フランク等に言われて初めて催眠療法に行ったとき、車の鍵を見つけるが、それが、本当に絵を隠してある赤のアラファロメオだった。
すべてが明らかになるにつれ、サイモンはフランク以外の三人を撃ち殺し、フランクにアルファロメオを運転させ、地下駐車場へ。そこで、すべてを知り、エリザベスは絵を手に入れるが、サイモンはアルファロメオに火を放つ。エリザベスはサイモンを車ごと海に落とし、フランクを助ける。
数日後、フランクのところに小包が届く。中には『魔女たちの飛翔』を飾った部屋にいるエリザベスの姿。そして、最後に、催眠状態に戻るか?と言うアイコンを示して暗転。
物語の流れは少々前後したり、勘違いしているかもしれないが、大筋はこんな具合である。結局、真相はエリザベスは、欲しかった名画を手に入れるためにサイモン等を利用したのだろうということだろうと思う。そんな、めくるめく展開が、見事な音楽とスタイリッシュな画面づくりで描かれていく。モダンな映像は、確かに洗練された魅力があるが、デジタルを駆使しすぎた画面は、ある意味ビデオクリップのように見えなくもない。でも、とってもおもしろいミステリーでした。