くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「グスコーブドリの伝記」「苦役列車」「リンカーン弁護士」

グスコーブドリの伝記

グスコーブドリの伝記
杉井ギサブローが創造した一瞬のファンタジーの世界。その感性のなせる自由奔放な幻想の世界はディズニーや宮崎アニメとはまた違った独特の世界を私たちに見せてくれました。

原作が宮沢賢治なので根底にあるのは農民たちの苦しさ貧しさかもしれませんが、寒々とした舞台として描かれる山深いイーハトーブの森、そしての開拓されつつある農村の姿、さらに機械化が進んで都会へ生まれ変わる姿が一瞬のブドリの人生の中で描かれていきます。

青々としたのどかな農村。主人公ブドリが妹のネリ、優しい両親と暮らすシーンから映画が始まる。しかし暗転し画面が変わると一転して冷害がその村を覆い、くる年もくる年もおそってくる天変地異のために家族は飢えていく。「おなかすいた」と繰り返すネリの台詞がこの場面を象徴し、やがて父も母も家を出てしまう。そしてネリもコトリという不気味な男にさらわれていくのである。

物語の導入部で描かれる主人公の家族に訪れる過酷な運命はまさに宮沢賢治が体験し、その克服に人生のすべてを捧げようとしたきっかけになった世界かもしれない。時間の流れを自然の驚異のみで描き、物語はブドリの旅立ちの物語へとつながれる。

哀しみのベラドンナ」「千夜一夜物語」の映像で見せた杉井ギサブローの世界同様コトリの登場のシーンに投影されて圧巻である。

やがて、てぐす工場や、農場で働き、行き着いたところで火山局の職員となるブドリ。やがて再び寒さがやってくる展開からブドリ自らの命を捧げて火山を爆発させイーハトーブに暖かい気候を取り戻すラストシーンへと続く。

イーハトーブに育てられたブドリがイーハトーブに自らを捧げるという物語はまさに宮沢賢治の生きざまである。

農村のシーンから町のシーンへと展開していく映像はちょっと今風の画面になっているのが気にかかるのですが、これも時の流れ、現代の杉井ギサブローの世界だと割り切ってみるべきかもしれません。コトリがラストでブドリをつれて火山へ送り届けますが、「ブドリに呼ばれてきた」という台詞を考えると、ではネリも呼ばれてやってきたのか?果たしてこのコトリは神なのか?そんな感情も生まれてきます。

ラストシーンがちょっとあっけない気がしなくもないのですが、これもまた、一瞬の世界だと割り切って受け止めるべきでしょう。それにしても日本のアニメの世界は多彩なものだと感心してしまいます。


苦役列車
徹底的に後ろ向きで卑屈な主人公を演じきった森山未來君に拍手。そしてその存在故に、次こそは変わるかと最後まで引っ張ってくれた山下敦弘監督の演出にも拍手したい。

ただ、登場人物それぞれ全員ドングリの同じ高さに並んでいるために全体が四角い箱の中にはまったようになって飛び出してこないという抑圧間が残ったのが本当に残念な一本でした。

画面中央にまるで不思議の穴のようなのぞき部屋の入り口から主人公貴多がでてくるシーンから映画が始まる。中卒で親が性犯罪者立ったために家族離散した過去があるこの男に未来もないもなく、ただ今の欲望だけに毎日を送る。

日雇いで働く彼の前にある日正二という専門学校性が現れる。この二人の奇妙な友情物語を中心に進むが、どうも不器用なようで不思議な友情関係がしっかりと見えてこない。そしてそこに貴多が日頃から気がある康子が絡んできて三人の青春ドラマとして一瞬輝かせればいいのだが、海で戯れるシーン以外これといったシーンをとっていないのでラストで康子や正二と海で遊ぶシーンを貴多が思い出すシーンが生きてこない。そのシーンの後で砂の穴に落ちた貴多が元のアパートのゴミの山に落ちて、そのまま部屋に戻って小説を書き初めてエンディングというジャンプカットが盛り上がってこないのである。

ほんのわずかのリズムの狂い、演出の抑揚にずれが本当に残念なできばえになってしまったような気がします。

前田敦子演じる康子も、もっと光らせてもよかった気がするし、途中でけがをする中年の日雇いのおっさんももっとおもしろく使うべきだった。どこか引っかかりが弱い為にせっかくの楽しい展開が盛り上がりづらくなっておもしろさが広がってこなかった感じでした。

いい映画だしお話なのに、いや、もったいない一本。


リンカーン弁護士
非常によくできた法廷劇の佳作でした。タイトルが終わると主人公ハラー弁護士がいきなりこの物語の中心であるルーレからの依頼に答えて飛び込んでいく導入部は見事。

そして、その後、彼の背後にかつて関わったマルティネスの事件が説明され、この事件へのかかわり、そして彼が更生施設に送った女刑囚を絡ませて最後の最後に効果的に呼び出してくる脚本はなかなかのものである。

ただ、物語が複雑に懲りすぎた帰来がないわけでもない。調査員で相棒のフランクを途中でルイスの関連で殺されてしまい、次の調査員を十分説明せずにクライマックスに登場させるのは必要以上に複雑にしただけの気がします。

かつて扱った事件の真犯人が今回、弁護を依頼されたルイスであることを知り、このままでは真犯人を無罪にしてしまう上に自分が利用されたという危機感から逆転をねらうために張り巡らす伏線を描いていく。

表だってのハラーの行動は最後まで明らかにならないが、うまく真犯人ルイスをはめたもののその後さらにエピローグまで懲りに凝ってルイスの母親にハラーを撃たせるというこだわりはかえってこの作品の爽快感をそいでしまった。

暴走族のリーダーとも関わって汚い仕事もしている風なのにかつての事件に強烈な正義感でトラウマを背負っているというハラーの人物像がちょっと一貫性がないのもちょっと気にならなくもない。

とはいえ、しっかりと名前を追いながらみていくと実におもしろい法廷劇であり、二転三転と転がるストーリーがとにかくわくわくする。原作がなかなかの出来映えなのだろうが、そんな複雑な物語を手際よくなんとか脚本にしたのは大成功だと思う。

時々、手持ちカメラのクローズアップを挿入するカメラ演出のリズムもひと味違うリアリティと緊迫感を生み出しておもしろい。決して傑作と拍手するほどの完成度の高さではないものの、本当に楽しめる一本でした。