くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「嵐が丘」(エメラルド・フェネル監督版)「木挽町のあだ討ち」

「嵐が丘」

文芸大作ではあるけれど、配信映画のような出立ちの作品だった。赤や白、ブルーなどくっきりした色彩演出は美しいのですが画面全体に広がりがなく、豪華な室内美術も作品に高級感を生み出さず、繰り返されるSEXシーンやSM的な演出は今風で、男と女の愛憎の物語を増幅させているけれど、ちょっと薄っぺらい。さらに、歌詞を交えた選曲センスがどこか軽いタッチに見えてしまう。物語としては、ニ時間以上あるのに退屈することもなく引き込まれるのだが、文芸映画というより壮大なラブストーリーの如く描いた男と女のドラマという作品だった。監督はエメラルド・フェネル。

 

絞首刑の場で気持ちが高揚している幼き日のキャサリンの姿から映画は幕を開ける。今は寂れてしまったが、かつては大地主で興盛を極めたアーンショウ家も、今の当主が、賭博で使い果たし、落ちぶれていた。酒を飲むと暴力を振るう父のもとで育ったキャサリンは、それでも乳母のネリーと共に強く生きていた。ある夜、父が酔った勢いで酒場で一人の少年ヒースクリフを拾ってくる。年頃も近かったヒースクリフとキャサリンはすっかり仲良くなり、いつも一緒に過ごすようになる。

 

時が流れ、キャサリンもヒースクリフも年頃になっていた。貧しい生活を嫌うキャサリンは、最近隣家に引っ越してきた新興貴族リンドン家に興味があり、ある時、一人でリンドン家を覗きに行って、若い当主エドガーと近くで親しくしているイザベラらを塀の向こうから覗き見る。イザベラの悲鳴に思わず塀から落ちて捻挫したキャサリンはリンドン家で六ヶ月を過ごす。

 

六ヶ月後、アーンショウ家に戻ってきたキャサリンは見違えるほど艶やかになっていた。ヒースクリフは密かにキャサリンに恋心を持ち、キャサリンもヒースクリフを愛していたが、しばらくしてエドガーがアーンショウ家にやってきてキャサリンにプロポーズする。キャサリンは、使用人の男女がSM的な行為で抱き合う姿を見て思わず自慰をしてしまいヒースクリフに目撃されるが、初めてお互いに愛し合っていることを確認する。

 

しかし、キャサリンは、ヒースクリフと一緒になっても落ちぶれるだけだとネリーに呟き、エドガーの申し出を受けるが、翌日、後悔して断りに行こうとする。しかし、すでにヒースクリフはアーンショウ家を出ていっていた。キャサリンの言葉が刺さったのであるが、実は、キャサリンの言葉の最後にヒースクリフを愛しているという一言を聞き漏らしていたのだ。

 

愛のないまま、富だけを求めてエドガーと結婚したキャサリンだが、エドガーの優しさに平穏な日々を過ごしていた。相変わらず父は賭博に夢中で、ますますアーンショウ家はさびれるばかりで、そんな父にキャサリンも愛想をつかせていた。やがて、キャサリンは妊娠し、エドガーも幸せが見えてくるのを実感する。ところが、キャサリンがある夜ベッドに座ると生卵が置かれていて潰してしまう。それは、かつてヒースクリフを責めるためにキャサリンがヒースクリフのベッドに置いたいたずらと同じだった。

 

驚いたキャサリンが外に出ると、財を成して見違えるようになったヒースクリフがいた。キャサリンはヒースクリフを自宅に招くが、エドガーはいい気持ちではなかった。ヒースクリフはアーンショウ家の屋敷を購入して嵐が丘に住むようになり、キャサリンとの愛が戻るのも時間がかからなかった。間も無くして父も亡くなりキャサリンは悲嘆に暮れるが、ヒースクリフとの愛は燃え上がるばかりで、二人はエドガーの目を盗んで逢瀬を繰り返すが、妊娠していることは言わなかった。

 

エドガーはそんな二人のことを薄々気づき、キャサリンをヒースクリフから遠ざけようとし、キャサリンもまたヒースクリフに邪険な態度をとる。ヒースクリフは、当てつけにイザベラに強引に近づき結婚してしまう。さらにイザベラを屈辱的に扱い、キャサリンの気を引こうとするが、ヒースクリフがイザベラに代筆させたキャサリンへの手紙はネリーが悉く燃やしてしまった。

 

ネリーはイザベラを助けるべく嵐が丘に行ったが、イザベラは、ヒースクリフの元を去ろうとしなかった。キャサリンが、いつまでも反抗的に食事もろくに取らず、ベッドから出ないのに剛を煮やしてシーツを捲ると、なんとキャサリンは敗血症になり、子供も流産した後だった。慌ててエドガーが医師を呼ぶも手遅れで、ヒースクリフに連絡をし、ヒースクリフが駆けつけたがすでに遅く、キャサリンは亡くなってしまう。出会った頃を回想しながら暗転、映画は幕を閉じる。

 

基本的な物語はこの通りだと思うけれど、これほどSEXシーンやSM的な場面が原作にあったか覚えていない。おそらく主人公二人の濃厚な恋物語を増幅するべく使った演出だと思うが、ちょっとやりすぎ感がないとも言えない。リンドン家の豪華な装置や美術は現代的な配色と造形で美しいし、目を見張るけれど、画面がどこまでも広がっていかず、壮大なドラマ感が後一歩物足りないのが残念。決して駄作ではなく、こういう作りの「嵐が丘」もあって然るべきだと思うけれど、もうちょっと格調高い部分も見たかった気がします。

 

 

「木挽町のあだ討ち」

原作がいいのだろう、物語は小気味良くて面白いのですが、脚本が弱いのか演出にキレがないのか、終盤に向かってテンポよく流れていく面白さと鮮やかさが伝わってこなくて、せっかく凝ったカメラアングルや様式美的なセットを組んでも勿体無い結果になったのがちょっと残念。今風のモダンな空気感を狙っているのは見えるのですが、後一歩、力不足な映画だった。監督は源孝志。

 

木挽町の芝居小屋森田座、時は江戸時代、この日、仮名手本忠臣蔵の千穐楽を迎えていた。舞台が終わり、客達が街に出ていくのを真上から捉えるカメラワークが美しく、折下降ってくる雪に和傘の波が流れていく。その中に真っ赤な着物を着た女が画面を横切ると、その向こうにいかにも遊び人らしい作兵衛がその女の後をつけていって映画は幕を開ける。空き地まで女についていった作兵衛は女の手を取り、引き寄せようとすると、女は帯をほどき、回るように着物を脱ぐと真っ白なあだ討ち姿となる菊之助へと変わる。

 

本当の仇討ちだという芝居小屋の口上人一八の声と共に、芝居小屋の二階から灯りが灯されて二人を照らす。菊之助は父の仇作兵衛を討ち果たさんと推参したという。そしてチャンバラの末近くの炭焼き小屋に二人は雪崩れ込み、菊之助が作兵衛の首を取って現れて仇討ち成就を大音声し、そのまま奉行所へ届けてこの場が終わる。そして一年半が経つ。

 

江戸にやってきた美濃の遠山藩加瀬総一郎は、一年半前、木挽町で起こった仇討ち事件を森田座の口上人一八に問いただす。総一郎は菊之助の縁者だという。そして、一八と話すうちに、菊之助に剣の指南をした森田座の殺陣師与三郎の話を聞き、さらに仇討ちの時に着た真っ赤な着物を提供したお山の衣装部のほたるにも話を聞く。そして、菊之助は、作兵衛の首を埋めた所を教えて欲しいと詰め寄るが、詳しいことは、今上方に行っている劇作家の金治が戻ったら話すからと、小道具師の久蔵の家に居候することになる。

 

やがて金治が戻り、ことの次第を総一郎は問いただしていくと、真実が明らかになってくる。菊之助の父伊納清左衛門は、乱心して菊之助を殺そうとしたので、止めに入った下男の作兵衛が誤って清左衛門を殺してしまい、菊之助が逃したのだという。しかし、このままだとお家取り潰しになるので、菊之助が仇討ちに出ることになった。しかし、真実は少し違った。

 

美濃の遠山藩では美濃和紙の商いで財政が潤っていたが、家老の滝川が一部横領するようになり、しかも藩士の半数を仲間に引き入れたので、それを清左衛門が正そうと考えた。たまたま、罪悪感から裏帳簿を清左衛門に持ち込んだ藩士がいたのだが、運悪く藩主は江戸詰で留守だった。しかも、滝川は清左衛門に露骨な攻撃を仕掛けてきた。そこで、裏帳簿を江戸に持ち込むべく、自ら乱心を装って、作兵衛に殺させ、作兵衛が脱藩して裏帳簿を持ち出し、さらに腹心の総一郎が江戸で受け取って、作兵衛は菊之助に仇討ちさせて家を再興させるという計画を立てる。

 

しかし、清左衛門が殺された後、総一郎は幽閉されてしまい江戸に赴けなかった。一方菊之助は森田座に身を寄せていたが、菊之助の母たえの旧知の人物が金治だった事と、さらに、恩義のある作兵衛を菊之助が斬るのは酷い話だと、森田座の面々が一計を考えた。それは、作兵衛を殺したふうに見せて偽の首を作るというものだった。

 

菊之助が見つけた作兵衛に遊び人として巷に名を売らせ、悪人として菊之助が追い詰めて炭焼き小屋に雪崩れ込んで、首を斬ったふうにして、作兵衛は芝居小屋の地下道を抜けて逃げるというものだった。こうして、森田座の金治らが建てた計画は実行され、幾つかミスもあったもののなんとか成功した。

 

作兵衛が持ち込んだ帳簿は、舞台下の奈落に作兵衛が預かっていて、総一郎はそれを受け取り、藩主に届けて、伊納家も再興でき、この日、美濃へ戻る藩主の大名行列が森田座の前を通る。金治達はお囃子で藩主を送り出し映画は幕を閉じる。

 

もっと軽快に、手際よく、モダンに、仕上がったようにできれば大傑作だったかもしれないが、原作の良さが映像に昇華しきれず、非常に惜しい一本だった。まあ、こういう時代劇がどんどん出てくるのもいい傾向の気もするので、応援したい映画でした。