くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「君の忘れ方」「遺書、公開。」

「君に忘れ方」

身近な人の死に直面した人たちの人生の接し方を淡々と描かんとしているのはわかるのですが、心のうねりが今ひとつ迫力に欠けるのは役者の演技力の弱さか演出の弱さか、お目当ての西野七瀬もほとんどセリフもなくて、見せ場もなくてちょっと物足りない映画だった。主演の坂東龍汰が脇役に食われてしまって、存在感があまりに薄くて残念だった。監督は作道雄。

 

昴がカレーを作っている。美紀と婚約し結婚を控えていた昴は取材の仕事で忙しくしていて美紀となかなか会話も少なくなっていた。美紀はこの日買い物帰りバスに乗っていて老人に席を譲る。次のカットで、アルバムから美紀の写真が切り取られ、遺影写真に変わって葬儀の場面。美紀は交通事故で急死した。昴は遺族のカウンセラーを仕事にしている人物の取材をしていたが、美紀の死を引きずって仕事もままならなかった。

 

昴は田舎の実家に一時戻ることにする。そこには母洋子が一人で暮らしていた。洋子の夫は通り魔に殺され二十年経つ今も犯人は捕まっていなかった。洋子は夫の死後、無気力になり、家の中はゴミ屋敷になっているらしかったが、昴が戻ってみると、見かけない若者の男女が片づけをしていた。どうやら便利屋らしく、洋子に頼まれて仕事をしていて、洋子はその二人と食事をしたり親しくしていた。

 

昴は地元にある、身近な人を失った人たちの心のケアをするグリーフケアの団体つきあかりの会の集会に出かける。そこで、池内という妻を事故で亡くした男と知り合う。彼は自分の隣にいつも妻がいるのだという。昴も時々美紀の姿が見えることがあり、池内と次第に親しく付き合うようになる。一方洋子は、今も夫を殺した通り魔を探していて、どうやら便利屋できている青年牧田が犯人に似ているということで親しくなり後をつけまわしていた。牧田には持病があった。

 

昴は、池内と付き合う中で、何か違和感を覚え始め、ある日とうとう池内に、死んだ人間が寄り添っていることなどないと強く問い詰めてしまう。そんな時、牧田が発作を起こす。看護師でもある洋子を頼っていた牧田の恋人翠は牧田の助けを求め、洋子は応急処置を施して車に乗せ病院へ向かう。昴は洋子の部屋で牧田の写真などを発見していて、洋子は牧田の命を狙っているのではないかと疑い、車の中で洋子に本当に応急処置をしたのか問い詰め、目を覚ますように訴える。洋子は車を止めて正しい応急処置をして病院へ牧田を届ける。

 

ようやく前に進めるようになった昴は、実家を離れ、東京に新しい部屋を借りる。美紀の思い出は忘れないからと、幻想のように現れた美紀を抱きしめて約束、映画は終わっていく。

 

内容はそんな感じの話ですが、洋子の下がかなりあざといし甘い。ストーリーの薄っぺらさがとっても残念と思う作品で、もっと役者を生かし、心象風景をしっかり描写していくべきだったと思います。

 

 

「遺書、公開。」

全く期待していなかったが、思いの外面白かった。原作コミックがよくできているのだと思うけれど、舞台劇調にオーバーアクトな演出を徹底して、教室内という閉鎖空間を有効に使い、さらにシュールな映像演出も加えたのが上手く功を奏した感じでした。監督は英勉

 

2年D組、春、突然クラス全員と担任の教師宛にクラスメートの序列を書いたメールが送られて映画は始まる。一位になったのは姫山椿という女生徒だった。ところが半年後、授業中に突然いなくなった姫山椿を探しに行った親友の御門は、トイレで自殺している椿を発見する。その葬儀の日、クラスメートらが葬儀場へ行ってクラスに戻ってくると、机の上に姫山椿からの遺書がそれぞれ宛に置かれていた。担任の教師は、当然いたずらだから回収すると言い出すが、学級委員の大島はホームルームを使って公開していき、自殺の原因を探るべきだと提案し、遺書の公開が始まる。

 

遺書の中身はたわいない書面だったが、その裏に見えない何かを追求し始める。そして暴かれていく椿の周りのクラスメートの真実。二位の椿の彼氏赤崎は実は一位の椿を彼女にできるか試しただけだったり、序列下位のの友達相旗は一位の椿から離れるようになったり、一番の親友の御門は実は最初から椿が大嫌いだったり、クラスの仲が歪んでいく。そして、遺書が奪われる事件が起こり、その犯人を炙り出す中、序列を書いたのは人間観察が好きな廿日市であることがわかる。

 

しかし、その序列は、ホームルームで発言するであろう順番で、序列にして拡散したのは別のクラスメート三宅だった。たまたま拾ったメモを勝手に序列と書き足してメールで拡散したらしい。次第に真実に近づいていくかに思われた中、不登校で学校に来ていなかった絹掛が最後になった池永の公開日にやってくる。池永は、この遺書は椿が書いた物ではないと断言する。池永は椿と幼馴染で、自分のことを柊ちゃんと書かず、知り合った時の電車の路線名の周ちゃんと書くはずだと真相を暴く。さらに絹掛は、遺書を置いたのは池永だったと告げる。

 

亡くなった日に、クラスメートらへの遺書が池永のところに届いたのだという。さらに、椿が書いた物ではないことから、廿日市が遺書を書いたことが明らかになる。実は椿はネットに日記を書いていた。その日記をたまたま見つけた廿日市は、その内容から、クラスメートそれぞれの真実を遺書にして明らかにして、椿の真の思いを知らせようとしたのだ。

 

椿には七歳年上の姉がいた。椿はなんでもできていつも一位の姉に憧れていたが、その姉が突然自殺した。椿は日記の中で一位になってみたいと呟いたことから、廿日市は、椿を一位の存在にするべく、順位を書いたメモをわざとクラスメートに拾わせて、メールで拡散させたのだった。一位になった椿はと言えば、特に成績がいいわけでもなく、運動が得意でもなく、部活でも活躍するわけでもない、さらに驚くほどの美人でもない。しかし、一位という肩書きゆえに周りから必要以上のプレッシャーを受けるようになって、姉の気持ちがわかったのだ。その悩みを打ち明けた担任にもはぐらかされ彼女は自殺した。

 

真実が明らかになり、池永は廿日市と帰り道話をする。椿の姉が自殺した原因が椿にあることが明らかになる事は椿は耐えられなかったのだろう。全てが明らかになり、クラスメートたちは「十五の君へ」を全員で合唱、そんな姿を俯瞰でミニチュアの教室をじっと観察する廿日市の姿で映画は終わっていく。

 

演劇的な派手なアクションと演技でまるで茶番劇のように展開していくのですが、途中途中の転換点でも力が抜けないので、全体が騒々しいだけに流れた前半がちょっと勿体無い。後半から終盤、二転三転して真実が明らかになっていき、ラストの真実でどこか考えさせられる感動も味わえますが、さらにミニチュアの教室を廿日市が眺めるシュールなラストは、一筋縄では行かないと言わんとするこの作品の締めくくりとしては面白かった。原作は読んでいないけれど、上手く映像化できていると思います。