「アブラハム渓谷」
相当ハイレベルな傑作だった。散文詩のような知的な語りとセリフが延々と続き、計算され尽くされた美しい構図と色彩演出で描かれる一人の女の愛の遍歴のドラマは、この作品のクオリティの高さを目の当たりにするが、淡々と流れるストーリーの三時間半は、流石に相当な体力が必要だと感じます。それでも必見の一本、そんな映画だった。監督はマノエル・デ・オリヴェイラ。
アブラハム渓谷の話が淡々と語れ、一軒のレストラン、十四歳の少女エマは、医者でアブラハム渓谷の農園の末裔であるカルロスと出会うところから物語は幕を開ける。エマは、幼い頃に母を亡くし、父、叔母、メイド達と暮らしていた。特に洗濯女で耳の聞こえないリティニャとは特に親しかった。エマの存在は周囲の女性達の脅威で、いずれ、悪名を轟かす恐ろしい女になると噂されていた。エマの美貌は群を抜いていて、ベランダで立っているだけで、通る車が事故を起こしたりして、市長からエマの父に苦情が来るほどだった。
やがて叔母が亡くなり、その弔問にやってきたカルロスはすっかり大人になりさらに美しくなったエマと再会する。カルロスもまた妻を亡くしたばかりということもあり二人は婚約をする。往診や深夜訪問でエマを起こさないようにとカルロスとエマは別々の寝室で、エマは寂しい思いをしていた。一緒に来たリティニャも盗みの疑いをかけられてカルロスの家を出ることになり、エマはますます孤独になっていく。
そんな時、ルミアレス夫妻の開いたダンスパーティに行ったエマは、その夜から様々な男性と関係を持つようになる。エマとカルロスの間には二人の娘が生まれたが、エマは旅行家オゾリオのヴェスヴィオ農園に入り浸るようになって、浪費と快楽を求めるようになっていく。さらにヴェスヴィオ農園の執事カイレスの甥とも関係を持つが、甥はあっさりと結婚してエマの元を去っていく。ある日、カイレスがエマを訪れる。今や農園も手にして裕福になったカイレスは、投機で失敗し困っているカルロスに援助を申し出る。そしてその見返りに、かねてからのエマへの思いを叶えてほしいと暗に口説き始める。エマは憤慨し、家を出る決心をして、エマの助言で戻っていたリティニャに別れを告げてヴェスヴィオ園に向かう。
ヴェスヴィオ園に来たエマは、かつてカイレスの甥と逢瀬をかさねた桟橋にやってくる。その時に、桟橋に腐った部分があると聞いていたが、思わずその場所に足を取られて湖に落ちて死んでしまう。数日後、カルロスもまた公園のベンチでタバコを拾うような仕草のまま死んでいるのが見つかったというナレーションが入り映画は終わる。
一言一句聞き逃せないほどにきめ細やかなセリフの数々、鏡や、絵を効果的に使った画面の構図、真っ赤な薔薇の花や心の変化と共に真っ赤からオレンジ、ブルーに変化していくエマの服装、子供達の成長で巧みに時間の流れを語る演出、などなど微に入り細に入った映画作りが素晴らしく、これぞ高級品と言わしめるに十分な見事な映画だった。とは言え、三時間半近くは長い。