「役者になったスパイ」
1989年ごろ、東西冷戦真っ最中の世界で、軍隊廃止が叫ばれているスイス、状況を危惧した政府が危険と思われる人物を監視対象にしたと言う事件は、さすがに知識として全くない。そんな舞台設定で警官だった主人公が役者の世界に触れる事で、自身の視点の違いに気がつく様を描いているのですが、発想は面白いけれど、肝心のメッセージが明確に伝わりきらない仕上がりになってしまうのはちょっと勿体無い。映像も普通だし、劇場側のキャラクターも今一つ際立ってこない上に、主人公の警察側の人物も今一つ面白みと迫力にかけている気がしました。監督はミヒャ・レビンスキー。
東西冷戦真っ只中のスイス、軍隊廃止論が世間で騒がれ、そのビラ配りをしている劇場関係者の人々を警察のシュエラーが監視している場面から映画は幕を開ける。仕事熱心なシュエラーは、隠しカメラでビラを巻く女性を撮影して、反体制派の監視と情報収集をし、深夜残業して資料を整理していた。翌朝、その姿を見つけた上司のハンスは、やりすぎだと強制的に休暇を与える。しかし、自室に呼び、劇場に潜入して中から調査するためスパイになる事を提案する。
シュエラーは、エキストラのオーディションに参加して、初体験の演劇の世界に足を踏み入れる。そこで見たのは、既成観念や世間一般の視点と全く違った世界だった。そこで芝居をし、演劇陣として触れ合っていくうちに自身の考え方の狭さに気づいていく。ある夜、一人酒を飲んでいたシュエラーに、主演女優のオディールがやってくる。。二人は意気投合して一夜を過ごし、以来シュエラーは、オディールに恋心を抱くようになる。
しかし、オディールは、軍のレーマン大佐の娘だった。大佐から警察上層部にも圧力が加わり、ハンスも、保身のため、シュエラーの行動を規制していく。シュエラーがオディールを自宅に呼んで食事をしている時、ハンスがやってきてシュエラーを無理やり警察に連れ帰り、資料室に拉致してしまう。帰ってこないシュエラーを待っていたオディールは、部屋でシュエラーが警官であることを見つけてしまう。折しも、初演の時間が迫っていた。なんとか脱出したシュエラーは劇場へ向かい、衣装もないまま舞台に立つ。そして、自身のことを曝け出して名セリフを語り喝采を浴びる。
間も無くして、政府が90万人の国民を監視していた事実が明らかになり、その担当者が糾弾され、国民投票で軍隊廃止は廃案となる。劇場員に嫌われたと思ったシュエラーは、一人劇場を去ろうとするが、オディールが声をかけ飲み行こうと誘い映画は終わる。
面白い内容なのだが、主人公達の周囲が今一つ生きていなくて、結果、主人公たちのドラマが盛り上がってこないのがなんとも迫ってこない映画でした。
「終点のあの子」
なんともまとまりのないゆるゆるの脚本と演出、だらだらと取り留めのない展開に、とにかくため息が出るほど長く感じる映画だった。當間あみ目当てだけだったので、構わないのですが、それにしても退屈な映画でした。原作があるので、原作の味を映像に昇華しきれていないのでしょう。しんどかった。監督は吉田浩太。
高校生の希代子が母に髪の毛をといてもらっている場面から映画は幕を開ける。友達と登校途中、制服を着ていない一人の高校生朱里に声をかけられる。そしてクラスが始まると朱里は希代子達のクラスだった。何かにつけ自由奔放な朱里だが、彼女の父親は有名なカメラマンだった。昼休み、希代子が友達の奈津子とご飯を食べようとしていると朱里が声をかけ希代子を誘う。希代子は何故かあっさり朱里について行き屋上でメロンパンを食べる。以来、希代子と朱里は行動を共にするようになる。
ある登校日、希代子は朱里に誘われて、授業をサボって江ノ島をを見に行こうと誘われるが、希代子は途中で電車を降りて学校へ行ってしまう。ある日、希代子は朱里の家に遊びにいくが、そこで朱里の日記を見つけてしまう。そこには自分も含めクラスメート達への辛辣な言葉と絵が描かれていて、希代子はついその日記を盗んで持ち帰ってしまう。
それからは、希代子は朱里と距離を置くようになり、朱里は学校に来なくなる。文化祭が近づき、その出し物を決める際、希代子はマリーアントワネットカフェはどうかと提案し、みんなに受け入れられる。そのアイデアは、かつて朱里が冗談半分に希代子に話したことがある出しものだった。クラスのみんなは希代子の提案に大賛成で一躍希代子はクラスの中心的存在になっていく。そしてクラスの中心的だった恭子からも親しくされて、希代子は有頂天になっていく。
やがて文化祭、希代子はクラスメート達に囲まれていたが、朱里が現れ、希代子と乱暴にダンスを踊って去っていく。文化祭の後、朱里の日記がクラスのみんなに知れることになり、朱里はますます孤独になりとうとう学校へ行かなくなる。そのことで担任は、クラスで話し合う場を設けるという提案をする。この頃には希代子はクラスでは完全に浮き上がってしまい、恭子達も離れ、親友だった奈津子も離れていく。
クラス会議の日、希代子は朱里と同じ電車に乗るが、希代子は一人江ノ島へ向かう。そして3年が経つ。大学生になった希代子だが、希代子の母が営む呉服店で働いていた美大院生だった瑠璃子が結婚することになり、この日着物をあつらえにきていた。かつて瑠璃子は朱里を大学に連れて行ったりして親しくしていたが、全く連絡が取れなくなったと言う。希代子は大学の美術展に赴き、朱里と再会するが、朱里の描いた江ノ島の絵を見ても朱里のような気持ちはわからないと告白する。
日常に戻った希代子だが、恭子は普通の女子大生で、高校時代のさまざまなど忘れていた。奈津子から連絡が来たが、特に変わりもなかった。大学の友達と飲みに行った希代子だが、周りは就活など現実的な話題だけだった。それを聞いた途端、希代子は、大学の美術室へ行き、朱里の絵の前に立つ。そこに朱里が現れ二人でダンスを踊る。こうして映画は終わる。
と、言いたいことはセリフの端々に見え隠れするのでわかるのだが、平凡で落ち着いた生活を非難する朱里や、そんな世界に落ち着きを感じる希代子が、朱里の気持ちに目覚める様が全く伝わってこない。原作はしっかり描かれているのかもしれないが、あまりにも感性の鈍い映画の仕上がりだった。
