くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「愛の渇き」「戒厳令」

愛の渇き

「愛の渇き」
とんでもない映像世界を見せていただきました。画面全体から漂ってくるどうしようもなく妖艶な女の色香、そのむせ返るような空気がドキッと知るほどに大胆なカメラワークで目くるめく情念を描き出してきます。原作は三島由紀夫、監督は蔵原惟繕、主演は浅丘ルリ子。もともと浅丘ルリ子は好きな女優さんではないのですが、この作品ではどきどきするほどに艶やかで色気たっぷりに映されてくるので思わず引き込まれてしまいました。

せみのアップのショットから映画が始まります。主人公悦子(浅丘ルリ子)が亡き夫の父の髭を剃っています。突然手元がくるってほほを切ってしまう。鶏の騒ぐショットが挿入され義父弥吉と悦子の会話へと進んでいく。オーバー露出の画面で全裸の悦子を撫で回す弥吉のシーンが挿入され、この二人の関係が明らかになりますが、真っ白な画面に横たわる浅丘ルリ子の裸体がなましいほどになまめかしく、それをなでる弥吉が本当にいやらしいムードをかもし出す。

タイトルの後、家族全員の食卓シーン、天井から全員を捉えた巨大なテーブルのショット。延々と繰り返される会話にどこかこの家族の不穏な空気が見えてくるあたりが実に不気味でもある。悦子がじっと眺めていた置物が突然爆発、振り返ると下男の三郎がじっと悦子を見ているシーン、スローモーションや斜めのカットも含め、さまざまなカメラワークで縦横に移動する画面作りの妙味は独特のものがあり、はっとするようなインサートカットが挿入されたり、鶏をさばく生々しいほどのシーン、浅丘ルリ子の着物のうなじが毒々しいほどの魔性の雰囲気も漂わせ、全編にこのちぐはぐな家族と、どこか異常なまでの女の情念がにおってくる。

石立鉄男ふんする下男の三郎に淡い恋心を抱き、大人の女の魅力で迫ろうとする悦子の姿もまたなまめかしい。

家族それぞれがばらばらになり弥吉と東京へ行くことになった悦子は深夜三郎を呼び出し迫ろうとしますが、三郎の暴力的な抱擁に思わず悲鳴を上げる。そこへ鍬を持って弥吉が飛び込んでくる。その鍬をつかんで悦子が三郎を殴り殺すクライマックスは鬼気迫るものがあります。さらに三郎の死骸を温室の中に埋めてしまおうとする悦子。鍬で土を起こしていると中から、先日なくなっていた置物が見つかるくだりはなんともシュールな幕切れなのです。

すべてを終えた悦子が立ち去ろうとすると今までモノクロだった画面が突然真っ赤になり、深紅に染まった空を背景に歩いていくエンディングはこれぞ芸術とうならせてくれました。

一歩違うとシュールな映像芸術にでもなりそうな大胆でオリジナリティあふれる画面はこの作品がいかに独特の傑作であるかを物語ってくれます。すばらしい一本でした。

戒厳令
ご存知吉田喜重監督がATGで製作した傑作である。
二・二六事件の首謀者と目される北一輝の姿を通じて彼の思想、人間像が描かれる。
研ぎ澄まされるほどに透明感のある画面と知性的な演出が実に見事な傑作でした。吉田喜重監督の本物のインテリ的な美しさが映像芸術として完成されたといえる見事な映画だったと思います。

土塀の上からカメラがはるかかなたから出てくる人を映しているシーンに始まります。望遠レンズを利用したのか極端な遠近がものすごい奥行きを感じさせ、思わず引き込まれてしまう魅力を生み出しています。そして、一人の青年がいきなりはるかかなたの老人に突進して刺し殺す。殺されたのは安田財閥の当主、刺したのは名もない青年であるが、このシーンから、時の日本が次第に戦争へと向かい始める不気味さを匂わせてきます。

昭和維新を目指して革命の名の下に集まろうとする軍人たち。もちろん彼らの姿は映画の最後まで映されることはありませんが、北一輝の周辺にかかわってくる人々を通じて、次第に物語のクライマックスへと向かっていく展開が実に巧妙でしかもスタンダード画面ながら、極端に画面の四隅に配置した人の顔のショット、画面の四分の一下方にのみに人々を映しての構図の妙味、さらにモノクロながら濃淡をくっきりとさせるライティングを施してシャープな映像を徹底的に追求した画面作りが本当に傑作の貫禄さえ生み出してくる。

静かに、淡々と昭和維新を起こすべく立ち回る北一輝の冷淡なほどの描き方、彼にかかわる青年将校のあどけないほどの純粋さ、北一輝の妻の冷淡なほどの献身ぶり。どれもこれも知性あふれる演出に満ち溢れ、本物の秀才であった吉田喜重の人並みはずれた知性が生み出すストーリーテリングの見事さに圧倒されていきます。

クライマックス、雪の古夜更け、軍人たちが集まって革命を起こさんと立ち上がる。そして実行されたに・二六事件。戒厳令がしかれ、北一輝を含め首謀者たちのもくろみは成功したかに見えたが、事態は急変、結局鎮圧され、北一輝は銃殺される。最後の言葉を聴かれほかの実行者同様「天皇万歳」と叫ぶのか?とき枯れた北一輝は「俺は冗談は大嫌いなんだ」とつぶやくせりふが実に皮肉と風刺がにじみ出てくる。

全編まったく隙間のない映像表現なので、正直緊張感がまったく途切れることはなくしんどいですが、この無駄のない映像こそがこの傑作の傑作たる証拠ではないかと思えるのです。見事でした。