くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「IMMACULATE 聖なる胎動」

「IMMACULATE 聖なる胎動」

怖いというよりなんとも気持ちの悪い映画だった。明らかにB級ホラーなのだが、ゴールデンタイムに上映というのは、どうなのだろう。キリスト教徒ではないからという感覚の違い以前に生理的に気持ち悪かった。監督はマイケル・モーハン。

 

一人の修道女が、何やら鍵を持ち出して修道院を逃げようと出口に向かう。ところが不気味な四人の何者かが迫って来て、やっと体が抜けた修道女の足を掴み、骨折させて連れ戻す。次の場面で修道女は生き埋めにされたかの映像でタイトル。主人公セシリアはアメリカからイタリアの修道院にやって来た場面になり本編が始まる。

 

イタリア語がまだ不完全で英語を交えながらも、彼女はテデスキ神父に迎えられる。終生宣誓を行い神に仕えることになったセシリアだが、ある日、彼女が妊娠していることが判明する。男性との交わりの有無を執拗に問い詰められ、彼女が貞節である事がわかった修道長猊下は、処女受胎という事で奇跡が起こったと祝福する。しかし、まともな医師が診察する事なく、不安なままセシリアはお腹が大きくなっていく。

 

彼女の妊娠を良しとしない修道女はセシリアを襲った後日自殺してしまう。この修道院の体制に不満を言った修道女は舌を切られる現場を見てしまうにつけ、この修道院の異常さにセシリアは次第に恐怖を覚えていく。そして、動物の死骸を使い流産したように見せかけて脱出しようとしたセシリアだが、すんでのところで修道長に見破られて失敗に終わる。

 

そんなセシリアに、テデスキ神父は、この修道院に保管されているキリストを磔にした時の釘を示す。そして、その釘から収拾した血液を使ってある試みをして来たとセシリアに話す。キリストを再生するためにこれまで修道女を使ってきたのだがことごとく失敗していた。そしてセシリアでついに成功したことを告げる。セシリアは聖母の証として足の裏に十字架の焼印を押される。

 

やがて臨月になったセシリアは、彼女に寄り添う修道長を殴り殺し、実験室を焼いて脱走を試みる。テデスキ神父が背後に迫るが、炎の中に排除して、セシリアは、地下通路に逃げ込むが、火傷を負ったテデスキ神父が迫る。そして出口目前というところで捕まったセシリアはあわやテデスキ神父に腹を裂かれようとするところ、手に持っていたキリストの釘でテデスキ神父を刺し殺す。出口から外に出たセシリアだが、すでに破水していた彼女は赤ん坊を産み落とす。しかし、傍の石で赤ん坊を殺し映画は終わる。

 

全編、なんとも言えない気持ちの悪い演出を貫き、目を背けたくなるばかりだった。前半で登場する、老修道女が結局後半に生かされていないのも残念。本当にB級ホラーの極みの一本でした。