「ナースコール」
全編、看護師の日常をカメラが追って行くだけの作品なのですが、緊張感は半端なく襲いかかってくるし、息つく暇もなく展開するドラマの数々に、自身を被らせている暇もないほどに追い詰められて行く作品だった。つまりは世界的な看護師不足を訴える映画ですが、医療技術が進歩しすぎたために生身の人間が間に合わない現実を描いて行く。長回しやカットバックを多用した映画作品としてのクオリティはもちろん高いけれど、それ以上の何かに胸が締め付けられてしまう一本だった。監督はペトラ・フォルペ。
看護師のフロリアが、勤務先の病院へ出勤してくるところから映画は幕を開ける。着替えて引き継ぎに行こうとする間も無く認知症の老婦人のオムツ替えの手伝いをする。そして、前任者から機関銃のように引き継ぎがなされるが、その途中で、次々と仕事が舞い込んでくる。定時の回診だけでなく、たわいない要求でナースコールをする患者、廊下で入院患者の親族が声をかけてくる。さらに、個室の患者が使用人のような扱いで用事を言いつけてくる。その上に、見習いの看護師の世話まで担当せざるを得なくなる現状。
今日の勤務看護師は二人しかいず、医師も緊急手術の連続で患者への病状説明にもいけない。患者たちの不満が病棟を駆けずり回っているフロリアにかかってくる。手際良く患者や親族らを捌きながらも、新患者の受け入れ、手術室への搬送、病状の急変への対応が続く。そして深夜に及び、アレルギー患者へ、誤ってアレル源が入った鎮痛剤を与えてしまう。そんな彼女に担当医師はねぎらいの声をかける。
深夜に及んで、隙間の時間で家で待つ娘に電話をする。どんどんフロリアの疲労は困憊し、認知症の老婦人が容態急変で亡くなってしまう。そこへお茶を持ってくるのが遅いという個室の患者の声に、フロリアはとうとう切れて、その患者の40000ドルの腕時計を窓から捨ててしまう。同僚に告白して二人で爆笑、しかし結局時計を探しに行くが見つからず、患者のところへ謝りに行くと、どうせ死ぬのだから構わないんだと言われる。その患者は膵臓がんだった。
そんなフロリアに、いつも酸素ボンベを持ちながらタバコを吸いに出て行って叱られている女性患者が、拾った時計を届けにくる。一日が終わり、研修看護師も疲れて帰りかけるのに、フロリアは、厳しい声をかけたのを謝る。亡くなった老婦人の首に鮮やかなスカーフを巻いてやり霊安室に運ぶ。着替えをすませ、帰りの列車に乗ったフロリアの横に、亡くなった老婦人が座る。思わず肩に頭をもたせかけるフロリアのカットで映画は終わる。
現実はこういうことなのだろう。世界的な看護師不足、一方で進歩する医療技術によって、かつてなら助からなかった患者は、次々と入院してくる。そんな患者たちに寄りそう看護師たちの奮闘が徹底的に描かれた映画という一本。見応えもあり、問題意識も感じられ、それでもどうしようもないもどかしさに苛まれる映画だった。
「ジョン・クランコ バレエの革命児」
現役バレエダンサーによる幻想的なシーンをふんだんに盛り込み、天才振付師の半生をドラマティックに描いた作品で、映像が美しいのに目をみはる。同性愛の問題、ナチスによる非道、などなどのメッセージが若干鼻に着く場面もあるものの、映像作品としては楽しめる一本だった。監督はヨアヒム・A・ラング。
イギリスで活躍していた振付家ジョン・クランコは、警察の囮捜査で、当時違法だった同性愛者であることが発覚、ロンドンを追われ、ドイツの片田舎のシュッツガルドバレエ団の支配人シェーファーを頼ってやって来る。そして、自身の演出スタイルを貫き、新人プリマとして、シェーファーの反対を押し切りマルシアを起用、客演として演出を行うようになる。
独特のカリスマ性は団員を引き込んで行き、「ロミオとジュリエット」でマルシアをスターに押し上げる。さらに「オネーギン」を演出して絶賛され、バレエ団の芸術監督として就任する。そしてニューヨークメトロポリタン歌劇場での公演が実現し、地方の小さなカンパニーだったシュッツガルドバレエ団は世界的な名声を手に入れる。
しかし、クランコの精神は蝕まれて行き、飲酒、喫煙、処方薬依存を強めて行く。さらに、ユダヤ系のルーツを持つ彼はナチスを糾弾するかのような「追跡」という演目で観客のブーイングを浴びたりする。
1973年、三度目のニューヨーク公演を終え、空港でマルシアと別れたクランコは、帰国の飛行機に乗る。疲労困憊していた彼は、いつものように強力な睡眠薬を飲んで眠るが、その副作用で、機内で急死してしまう。ジョン・クランコの実際の墓地に、演じたキャストと、存命の本人たちが花を手向け、背後でダンサーが踊る映像で映画は幕を閉じる。
随所に挿入されたバレエダンサーの踊るシーンと、登場人物が織りなすドラマの融合が幻想的で美しく、それがかえって、ステージシーンをぼやかした気がしないでもない。人間ドラマ部分の描写が若干の弱いために、映画全体に迫力が足りなかった気もするけれど、いい映画だったと思う。
