くらのすけの映画日記

大阪の社会人サークル「映画マニアの映画倶楽部シネマラムール」管理人の映画鑑賞日記です。 あくまで忘備録としての個人BLOGであり、見た直後の感想を書き込んでいるので、ラストシーンまで書いています。ご了承ください

映画感想「顔を捨てた男」「逆火」「DROPドロップ」

「顔を捨てた男」

何とも気持ちの悪い映画だった。容姿の醜さを揶揄した物語なのはわかるが、映画全体が醜い。シュールな話とはまた違った不気味な嫌悪感に浸る作品でした。監督はアーロン・シンバーグ。

 

顔が異様な容姿のエドワードが、社内広報映像か何かの撮影をしている場面から映画は幕を開ける。役者を目指すエドワードだが、その独特の風貌から、なかなかまともな役が貰えなかった。そんな彼のアパートの隣の部屋に劇作家を目指すイングリッドが越してくる。エドワードの風貌を気にせずに接してくるイングリッドエドワードは惹かれていく。

 

ある時、主治医の医師から顔を劇的に変化させる治験の紹介をもらう。エドワードはその治験に参加、苦痛の中で顔の腫れが溶け出すように取れて、モデルのような顔立ちに変身する。エドワードはガイと名前を変えてアパートを引っ越し、その二枚目を活かして不動産会社で成績を伸ばしていく。治験の際にもらった醜い顔のマスクは今も手にしていた。

 

イングリッドがかつてのエドワードの生き様を小劇場の舞台にし、役者を探しているポスターを見つけたガイは、そのオーディションを受けて主役を手に入れる。間も無くしてイングリッドとも親しくなり恋人同士になっていく。そんな彼の前に、オズワルドという男が現れる。彼はかつてのエドワードのように醜い顔をした男だったが、いく先々で人々に好かれ、女達もよって来ていた。オズワルドはイングリッドに気に入られてエドワードの芝居の主役になっていく。さらにイングリッドの気持ちもオズワルドに代わっていく。

 

次第に精神的に病んでいくガイは、何かにつけてオズワルドとイングリッドに絡み始め、とうとう舞台本番に上がり込んで大暴れの末セットの下敷きになり大怪我をする。その事故に責任を感じたオズワルドは、全身包帯のエドワード=ガイを自宅で世話をするようになる。クリスマスの夜、エドワードはいつものようにリハビリを受けていたが、トレーナーがオズワルドのことを醜いと言ったためにトレーナーを刺して重傷を負わせ、刑務所に収監される。

 

一年後、エドワードは、街でオズワルドと再会、今は俳優もやめ、イングリッドと暮らすオズワルドと談笑するエドワードの姿で映画は幕を閉じる。

 

何とも言えない醜い映画で、人の容貌の意味するものを赤裸々に狂気的に描いた作品という印象で、主人公が次第に狂っていく様、オズワルドが次第にのし上がっていく様、イングリッドの、自分の価値観やエゴで人を愛していく様がとにかく羞悪そのもの。描かんとする裏を理解しないわけではないけれど、どうにも好きになれない映画だった。

 

「逆火」

暗い、ひたすらに暗い。その中に描かれる人間の視点の狭さは、結局、行き場もなくて、救われるものがないままに主人公の夢だけが叶えられるのは如何ともし難い感覚を抱いて映画館を出ることになった。辛辣な視点だと言えばそれまでだが、あそこまでやる必要はあるのかという疑問だけが残った。監督は内田英治

 

ヤングケアラーとしてどん底の生活の末に、学生起業家として成功したARISAの自伝小説の映画化のクランクイン三週間前、奔走する助監督野島の姿から映画は幕を開ける。大島監督の元で念願のチーフ助監督となった野島は仕事に燃えていた。夢のためにサラリーマン生活を辞め、妻は契約社員で働く生活。一人娘はそんな野島を蔑み、連日夜遊びをしていて家の中はどこか暗いムードである。

 

野島は撮影の手助けにと、原作に関するエピソードの取材を始めるが、自伝に書かれているものとは違う真実が見え始める。ARISAの父はDVだったことやARISAがパパ活をしていた事実などは小説には全く書かれておらず、しかも母親も贅沢三昧の女で、あらかじめ夫に保険金もかけていた。次々と明らかになる真実に野島は苦悩し始め、映画化に疑問を感じ始めるが、プロデューサーは、今更中止しても多額の経費負担になるばかりだと言い、監督の大島も、小説のままに描くことで、ヤングケアラーへの希望を見せられるのではないかと言う。

 

ARISA本人に会った野島は、ARISAの口から全てが事実だと言われ、万が一明るみになっても自分は構わないから野島が正しいと思うようにやるように言われる。やがてクランクインの日が迫り、野島はネットに全てを暴露しようとパソコンに向かっていたが、そこに妻から娘がいかがわしいサイトに出ていると連絡が入り、新宿へ向かう。そして娘を発見した野島は娘の携帯を壊してしまう。娘は、ホストに貢ぐために金を稼いでいた。

 

クランクインの日、ロケバスに野島の姿はなく、野島は以前、ARISAの隠された事実を取材に来た一人の若者がいる通信社に出向いていた。ARISAは、かつて父親が落ちたアパートの階段の下に来ていた。果たして、ARISAは父親を殺したのか、それは明らかにされない。

 

一年後、映画は国際映画祭で評価され、野島はめでたく監督昇進となって作品の準備を進めていた。娘もこの日高校卒業の予定だった。一人の女子高生が建物の屋上に立っていた。髪を染めた彼女は野島の娘だった。そして飛び降りる。こうして映画は終わる。

 

ともすると、自分の立場の視点で物事を見てしまうと説得する大島監督のセリフが心に残る一方、それでも、この暗さは如何ともしがたく、辛いエンディングだった。

 

DROP

スマホのドロップ機能を使ったサスペンスホラーで、これと言う目新しい面白さはないけれど、何も考えずに楽しむにはまあまあと言う映画だった。前半の主人公のヤキモキする展開は少々ストレスですが、クライマックスの主人公の手際良さから、ラストの大バトルは面白かった。難を言えば、犯人がわかる下にもう少し工夫と相方のヘンリーをもっと上手く使えばさらに面白かったかも知れない。まあ、B級サスペンスの一本と言う作品でした。監督はクリストファー・ランドン。

 

血だらけの女性バイオレットが男に銃を向けられている場面から、男が銃を手渡し自分を撃てと迫ってバイオレットが引き金を引いてカットが変わる。後にわかるがこの男はバイオレットの前夫でDV男だった。トビーという一人息子と二人暮らしのシングルマザーバイオレットは、この日妹のジェンに子供を預け、マッチングアプリで知り合ったヘンリーと初デートに出かける。

 

予約していた高級レストランPALATEに着いた彼女は、同じく初デート予定の初老の紳士やピアノ弾きのフィルと軽い会話を交わした後、ヘンリーと出会う。ところが直後にスマホのドロップ機能を使ったメッセージが届き始める。最初はイタズラかと思っていたが、常にバイオレットの言動がリアルタイムで書き込まれ、自宅の防犯カメラ映像の中に、自宅に忍び込んだ謎の男がトビーの命を預かっていると言うメッセージが届く。

 

犯人が最初に指示してきたのは、トビーを守るために、ヘンリーのカメラのSDカードを抜き取り、壊して捨てろと言う指示だった。バイオレットはヘンリーに誤魔化してSDカードを取り出すが、そこに写っていた写真は何やら汚職関係の資料のようだった。バイオレットは、紙幣にメッセージを書いてピアノ弾きのフィルに危急を知らせようとするが、逆にフィルは犯人に毒薬を飲まされてしまう。

 

続いて犯人はヘンリーを殺すようにと、毒薬を飲ませるように指示して来る。バイオレットは、テキーラのショットを頼んで、そこに毒薬を流すが、最初にあった初老の男の座る席から怪しいと判断して、巧みに近づいて話しかけると、その男はついバイオレットの名前を口にしてしまう。

 

犯人がこの男と確信したバイオレットはテキーラのグラスを置き、そこにやってきたヘンリーに飲ませる。そして自宅に入り込んだ殺し屋に、全てうまくいったと連絡させるが、実は毒薬は、犯人の頼んだパンナコッタのデザートに入れていた。犯人はすでにパンナコッタを食べ、苦し紛れに、殺し屋に再度指示を出してバイオレットに銃を向けるが、バイオレットは咄嗟の判断で、窓ガラスを破り、風圧で犯人を屋外に吹き飛ばし落下させる。自分も落ち掛けるがヘンリーに助けられるが、ヘンリーも犯人に撃たれて重症だった。

 

一方、殺し屋はトビーをまだ狙っていた。バイオレットはヘンリーの車を借りて自宅に駆けつけ殺し屋と対峙、すんでのところで、トビーがラジコンの車で銃をバイオレットに届け、その銃で殺し屋を撃ち殺す。市長室の汚職事件は明るみなったと言うニュースを見るヘンリーの病室にやってきたバイオレットの場面で映画は終わる。

 

終盤は一気にハイスピードになり面白いが、もう少し謎解きの工夫が欲しかった気がします。まあ気楽なサスペンスということでよしとしましょう。