くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「或る夜の殿様」

或る夜の殿様

何と戦後まもなく1946年製作の作品。監督は衣笠貞之助、脚本は黒澤明作品でおなじみの小国英雄。と聞くと、期待十分、そして期待通りの傑作でした。

物語は明治の中頃、箱根の旅館に集まった当時の成金、由緒或る商人、さらには国の役人などが鉄道の利権を巡って織りなすいわばソフィスティケイテッドコメディ。
なんといっても軽快なテンポでどんどんシーンか繰り広げられていくおもしろさにまず引き込まれます。さらに、映画のでだし、大阪弁で陽気に語り散らす志村喬扮する北原虎吉の登場で一気に物語に引き込む演出が見事。そして、その場で後にキーマンになる山田五十鈴扮するおみつや成金の進藤英太郎扮する越後屋の主人、さらにその妻で飯田蝶子扮するおくまなど主な登場人物の性格を一気に語り尽くす様が絶妙なのです。

そして、物語はその鉄道の利権のために姑息な手だてを企てる越後屋に一泡吹かせようと虎吉らがたまたまやってきた一人の書生(長谷川一夫)を華族の御曹司平喜一郎に化けさせて、越後屋たちをだまそうとするのが本編。偽物に必死になって取り入ろうとする越後屋のバカさ加減とそれを笑う北原たちのコミカルな様子がとにかく楽しいのですが、その周辺に越後屋の娘で高峯秀子扮する妙子や越後屋を目の敵にする山崎勝五郎の妻里野の娘綾子たちの親の様子を冷めた目で見る今風の若者の姿、さらには道化の役で奔走する書生に密かな恋心を持ち始めるおみつや妙子の姿もかいま見せ、一方で書生の本当の姿は?とちょっと謎っぽい展開もにおわせながらどんどん進んでいくストーリーに目を離せない。

一筋縄の単調なコメディと思いきや様々なお話が表に裏に展開する奥の深さが実に見事で、さらに本物の一流の俳優たちが演じる間の取り方のうまさ、さりげなく高峯秀子が見せる微妙なほほえみによる謎めいたお話への伏線など、どこをとってもとにかく素晴らしいのです。

そして、どうにもこのまま嘘を続けられなくなり閉口して書生を苦そうとする北沢たちの頼みに、今度は書生が反撃するかのように言い返す下り、さらに薄々、実はこの書生は本当に北沢たちが仕掛け華族の御曹司そのものなのだという結末に至っても、さらに、もう一転しようとする展開。そこへ絡んでくるおみつや妙子の淡い恋心。その上、新生政府の問題点と人を肩書きだけで祭り上げようとする旧態然とした日本の姿への疑問などもからませ、ここまで描き混まれるともううならざるを得ないのです。まさに小国英雄の脚本の見事さというほかありません。

そして、何もかもが明るみになり、最後に馬車に乗って書生(実は華族の平喜一郎だったのですが)が去っていく大団円で、影から見送るおみつと妙子の姿まで、最後の最後まで手抜きのない演出に拍手したくなりました。これはもう傑作ですね