くらのすけの映画日記

「シネマラムール」の管理人くらのすけの映画鑑賞日記です。 なるべく、見た直後の印象を書き込んでいるのでネタバレがある場合があります。その点ご了解ください。

映画感想「五瓣の椿」

「五瓣の椿」

ほんまにこれは名作です。一見、単純な女の復讐劇かと思われたけれど、物語が進むにつれてどんどん深くなっていく上に、人間の在り方、罪のあり方、その何もかもが一気に主人公にのしかかるクライマックスは圧巻というほかありません。全盛期の岩下志麻の美しさもですがその恐ろしいほどの演技力に魅了されてしまいました。川又昴のカメラも美しく、物語のポイントごとに真っ赤な演出を施す美学も素晴らしい。見応えのある日本映画に久しぶりに出会いました。監督は野村芳太郎

 

舞台で三味線を弾く一人の男蝶太夫。カットが変わり、一人の女といちゃつく場面となる。散々焦らされた挙句、蝶太夫は簪で胸を刺されて殺される。場面が変わると患者を弄ぶ医師得石。往診の途中でならず者に痛めつけられるが、懇意にしている女といちゃつく。先程蝶太夫を殺した女である。まもなくして、八丁堀の同心青木が最近続けて起こった殺人事件の話をしている。枕元には椿の花が一輪、そして簪で殺されている。

 

時間が少し遡り。薬問屋むさし屋の主人喜兵衛は病弱で寝込んでいて、傍に娘のおしのが看病している。喜兵衛は何かにつけ、妻おそのを呼ぶが、おそのは理由をつけてやってこない。実はおそのは男好きで次々と役者などと遊び回っていた。いよいよ喜兵衛の容体が悪くなり、なんとかおそのに会わせようとおしのは喜兵衛を戸板に乗せておそのの離れの家に連れて行こうとするが途中で喜兵衛は死んでしまう。おしのは遺体をそのまま離れに運ぶが、おそのは臆面もなく毒づき、さらにおしのは喜兵衛の実の娘ではないと言う。おしのはおそのが酔い潰れた隙に離れに火をつけ焼き殺してしまう。そして自分も死んだことにしていた。そうしておしのはかつて父を苦しめるきっかけになったおそのの相手の男たちに復讐を始める。

 

やがて四人の男を殺したおしのだが、彼女もまた胸の病に苦しんでいた。そして最後の目的の男は、たまたま知った自分の実父丸梅屋源次郎だった。おしのは名前を騙って近づき、いつものように焦らしながら接していく。一方、母を焼き殺した火事の真相もばれ、青木の捜査も核心に迫ってきたことを知り、最後として源次郎を誘う。そして、おしのを抱きしめる源次郎に、自分は実の娘だと告白する。狼狽え、悔やむ源次郎に、おしのは生きたまま苦しむように告げる。

 

自首したおしのは、青木に頼んで、妊娠している女囚人のために子供の着物を縫っていた。すっかり落ち着いた風に見えるおしのだがそれが返って狂気に見える。そんな慎ましやかなおしのに哀愁さえ覚える青木。今の法では彼女は獄門ということになっていた。疑問だけがどんどん膨らむ青木に、先輩の同心は、あのまま安らかに逝かせてやれと話す。そんな頃、源次郎の本妻が首を吊って死んでしまう。おしのに真相を聞かされてから腑抜けのようになった丸梅屋源次郎の姿に悲観したのかもしれない。

 

その知らせを聞いたおしのは青木を呼び、自分のしたことは正しかったのかと泣きじゃくる。そして、青木が帰った深夜、おしのはハサミで首を切り自害する。結末を知っていたかのように青木はおしのの遺体を見聞し、夜明けの朝靄の中庭に出ていって映画は終わる。

 

もう見事という他ありません。岩下志麻の延々と語る長台詞の繰り返しの中で、ただの復讐の鬼と化した姿から、次第に、本当に徐々に、自分の行動へ疑問が募り、最後は狂気となり、そして、後悔の末自害していく悲しい運命を体現する。まさに絶品の演技力としか言いようがありません。もちろん演出もカメラも素晴らしく、長尺な作品なのにその迫力に引き込まれてしまいます。名作とはこういうものでしょうね。