「炎上」
何とも薄っぺらい幼稚な感性の作品。ビデオクリップのような映像であるかに見えて、今一つまとまらないし、ドキュメンタリータッチに見えてそれも中途半端。ストーリーテリングで見せていくのかと思えば、細切れで人物描写も軽すぎて響いてこない。一体何を描かんとしたのか独りよがりにしか見えない映画だった。森七菜が出ていると言うだけで見に行ったが、それ以上でも以下でもなかった。監督は長久允。
新興宗教にハマっているかの主人公樹里恵の両親がコーラスグループで歌っている場面から映画は幕を開ける。父は何かにつけてベルトで樹里恵とその妹を殴る男だった。樹里恵達は父の死を願い、十年後、父は死ぬ。しかし、今度は母が父同様に暴力を振い始め、樹里恵は妹を残して家を出て新宿歌舞伎町へやって来る。そこに屯する若者達と生活し始めるが、一時預かり所と言う施設に収容されてしまう。
そこで知り合った三ツ葉と仲良くなり、二人は脱走して歌舞伎町に戻って来る。そこで樹里恵は一千万円を貯めて妹を迎えに行くと決意する。そして二人はパパ活で金を稼ぎ始める、やがて樹里恵は一千万円を貯めるが、街を出て行こうとしたら、コインロッカーに貯めていた金が無くなっていた。自暴自棄になり三ツ葉に当たり散らして殺してしまう。それを仲間が後始末をし、薬を与えられるが、それを飲んだ樹里恵は意識を失い、気がつくと路上で倒れていた。なぜか金がばら撒かれ、この地域に屯する子ども達に奪わる。
父の記憶が蘇り、気がつくと新宿に火を放っていた。ここに来て以来の記憶が全て蘇り、ここは地獄だと呟く。目が覚めると顔に包帯を巻かれて病院にいた。施設の職員がスマホを返してくれ、メッセージに、新宿歌舞伎町に来た時に教えられた炎の絵文字を投稿して映画は終わる。
なんとも言えない一本で、面白かったと言う言葉など出てこないペラペラの一本だった。
「ヴィットリア 抱きしめて」
女の子を養子にしたいと願う一人の女性が、夫の理解も得て、女の子を迎えるまでのシンプルそのものの映画で、実話を元に創作を加えたらしい作品。特に秀でたものもない普通の映画でした。監督はアレッサンドロ・カッシゴリ、ケイシー・カウフマン。
一人の女性ジャスミンが、カード占いで、女の子を授かる可能性を占ってもらっている場面から映画は幕を開ける。将来も女の子を授かる事はないと言われ、ジャスミンはある決意をする。彼女には三人の息子と製材所を営む真面目な夫がいて平穏な家庭だったが、どこか生活に張り合いがないと考え、女の子を授かる夢を見始め、娘が欲しくなっていた。父親が先日亡くなり、それが勤めていた工場のアスベストが原因らしいとわかり、会社側と示談の話が進んでいたが、ジャスミンは不満だった。
夫のニーノは、事業を拡大したく、近くにいい物件を見つけて、その取得に必死だった。ジャスミンは勝手に養子縁組の話を進めるが、そのためには、それなりの金も必要だった。一方、ニーノも事業物件のために資金が必要で、家族の間にはどこかギクシャクしたものが出て来る。ジャスミンは意に反するものの父に関して工場側から提示された示談金を受け取ることを決め、夫と共にベラルーシの養護施設に向かう。そこで、一人の少女ヴィットリアを紹介されるが、彼女は認知障害があると説明される。
事前に聞いていなかったジャスミンは戸惑い、知人に電話をすると、円がかけるなら心配ないと言われる。早速、ジャスミンはヴィットリアに、円を書いて欲しいと頼むが、養護施設の職員も必死に説明してもヴィットリアは描こうとしない。傍で見ていたニーノは、ジャスミンらが、ヴィットリアに激しく迫る姿に、そんなことより家に連れて帰ろうとヴィットリアを抱き上げる。ヴィットリアは、ニーノに抱きつき、続いてジャスミンにも抱きつく。こうしてヴィットリアはジャスミンの家の養子として迎えられて映画は幕を閉じる。
極めて普通の映画ですが、ラストに、今まで乗り気でなかったニーノがヴィットリアに優しい態度をとる姿に胸があったかくなります。それだけと言えばそれまでですが、いつの間にか、ビジネスライクな態度に変わっている大人の姿に、考えさせられる作品だったと思います。
